166.美容師~女神様の好奇心に追いつめられる
「それでね、ソーヤ君。君はどうして魔法を掴もうと思ったの? しかも何故投げるわけ? 普通に飛ばしてはダメなのかしら? それともソーヤ君のいた世界では魔法は掴んで投げるのが主流だったとか?
いや、ソーヤ君のいた世界にはそもそも魔法なんてないわよね? ならどこからその発想が来たのかしら?
あれかしら? 漫画とかアニメとかその辺りのサブカルチャーからの発想なのかしら? ちなみにそれはどんな題名の創作物なの?
気になるわ、気になるわね。気になるから実際に目を通してみたいのよ。探して取り寄せるから、覚えている限りの題名を教えて下さる? えっ、特にないですって?
なら今回の件はソーヤ君の完全なオリジナルの発想だということ? であれば、ソーヤ君の頭の中身を覗くしかないわね。大丈夫よ、痛くはしないから。最悪、個人的な過去の恥ずかしい経験を覗かれるだけというか、一緒に映画を見ているような感じになると思うわ」
一緒に僕の記憶を追体験するだって?
それは……絶対に無理だ。
僕の思い出したくない過去、記憶の奥底に封印して眠らせているあの情景をここで見せられたら……自信がない。
「……あっ、違う違う、嘘よ嘘。言い間違えちゃったわ。
上手く見たい所だけ抜き出して見るように頑張るから大丈夫よ。たまに関係ない記憶も出てきてしまうかもしれないけれど、そこは努力するから。
あ、待って、逃げない逃げない。ちょっとだけっ、ちょっとだけだから」
優しい頬笑みを浮かべながら、じりじりとリリエンデール様が近づいてくる。
目が怖い。
明らかに欲望が丸出しになっている。
……スキル、全開放!
回れ右をして、脱兎のごとく逃げ出すことに。
しかし、一瞬で回り込まれてしまった。
「……スキルを使ったって無駄よ。このわたしを誰だと思っているの?
これでも序列七位の女神をはらせてもらっているのよ。人間ごときにおくれを取るはずがないわ。
さぁ、観念して、ちょっとだけ頭の中を覗かせてちょうだい……えっ? セリフが悪役染みていて悪者としか思えないって?
その言い方はちょっと失礼じゃないかしら。わたしはいつだってソーヤ君の味方よ。ただ少しだけ好奇心が疼くというか、気になるのよね。気になるとわたし、夜も眠れなくなるのよね」
儚げに、ほぅっと息を吐く姿は確かにその通りなのだが、眼だけが爛々と輝いていて儚さを台無しにしている。
なので遠慮なく、こちらも言いたいことを告げる。
身を守る為なのだから、余計な気づかいはしていられない。
「リリエンデール様は女神様なのだから、無理して眠る必要はないのでは? むしろ寝る間を惜しんで働いて下さい!」
「ええ、それは確かにそうね。女神だから無理して睡眠をとる必要はないわ。けれどね、お肌の艶や美を保つためには適度な睡眠は必要なのよ。
ソーヤ君のいた世界を調べていたら、色々な本にそんなことが載っていたわ。だから観念して、わたしに協力してちょうだい」
両手の指先を向けて、にこやかに歩みよってくる。
ヤバい、逃げなければ。
そうは思うが足が固まって動かない。
やられた。
いつのまに!?
ダメだ、これは詰んだかもしれない。
所詮、人間と女神様では争う次元が違いすぎる。
このまま記憶の中を好き勝手に覗かれるしか僕に道はないのだろうか……。
絶体絶命のピンチ……なのだが、ここでそれを打開する名案を閃いた。
それに伴う犠牲はこの際、無視させてもらおう。
「リリエンデール様! 思い出しました。いい方法があります! 僕の頭の中を覗くよりも、リリエンデール様の好奇心を満足させる最良の方法が!」
「あら、それは何かしら? 苦し紛れの言葉なら時間の無駄だから無視させてもらうわよ?」
「いえいえ、僕の提案を無視したら、リリエンデール様は絶対に後悔しますよ。
なんて言っても、僕の提案は絶対にリリエンデール様の好奇心を満足させるはずですから!」
「ふーん、かなりの自信があるようね。
でも、ソーヤ君、それならそれで、このままソーヤ君の頭の中を覗いてその提案ごと情報を得るという手段もあるのだけど?」
うん、そうきたか。
それならその方が、確実な手段ともいえる。
今のリリエンデール様は普段の何倍も手ごわいぞ。
物語に出てくる悪役の宰相クラス並みに頭が切れる。
好奇心の力、恐るべし。
いつもののほほんとしたチョロさはどこに行ってしまったのだ。
是非、超特急で帰ってきてほしいのだが期待薄なので、なんとか必死に交渉を続けるしかない。
そのせいで、またリリエンデール様を泣かせてしまうかもしれないが。
「リリエンデール様……僕の中の秘密にしておきたい大事な思い出まで奪うつもりなのですか?」
「ぐっ、それを言われると困るわね。ズルイわよ、ソーヤ君、それは反則だわ」
効果は覿面のようだ。
目の中の燃えるような光が輝きを薄くしていく。
「なら、僕の頭の中を本人の了承もなしに勝手に覗くのは反則ではないのですか?
リリエンデール様のしようとしている行為こそ、反則以外の何物でもないのではありませんか?」
「それは……確かにそうだけど。
でも、気になるのよ! 気になって気になって仕方がないの! 我慢ができないのよ!!」
でた、必殺の駄々っ子モード。
でもしかし、僕にはこれに対抗する手段がある。
あまり使いたい手段ではないが、この際形振り構っていられない。
「わかりました。なら僕の頭の中を覗いてもいいですよ。リリエンデール様がそこまで言うのなら、そこまで望むのであれば諦めます」
「ほんと!? いいの? 本当にいいの? あとからやっぱりやめたって言ってもダメよ? 見るわよ? 覗くわよ?」
満面の笑顔で指先を向けて駆け寄ってくる。
そこで僕は一言。
「いいですよ。リリエンデール様の為なら仕方ありません。でも――」
「でも、何かしら? 何かかわりに望みがあるのなら、叶えてあげるわよ? わたしにできる限りのことならなんでもね」
「いえ、叶えてほしい望みはありません。というか望みではないのですが、あとの処理をお願いしてもいいですか?」
「あとの処理? 具体的に言うとどういったことかしら?」
うずうずしながらリリエンデール様が早口で尋ねてくるので、恥ずかしさを我慢しつつ最終手段を言葉にした。
これで相手が引かないならば仕方がない。
諦めようと思いつつ。
「僕……きっと泣きますからね。
いえ、絶対に泣くと思います。下手したらさっきよりも酷く泣いて取り乱すかもしれません。子供みたいに泣き喚くかもしれません。
なのでそのフォローをお願いしてもいいですか?
僕からの望みはそれだけです。では、問題がなければはじめて下さい」
リリエンデール様は、一瞬で表情を無くし時間が止まったかのように動かなくなった。
僕に向けていた指先は宙で固まったまま円運動をせず一点を指したままだ。
自ら小さな子供の様な行動をとります、と宣言してしまった僕から、これ以上言うことはない。
あとはリリエンデール様の判断に任せることにした。
その間、目をあわせ続ける余裕がないので、自然と足元に視線を向ける。
数秒、数十秒、どのくらいの時が経っただろうか、「ふぅ」というため息が聴こえたので、思わず顔を上げた。
リリエンデール様が僕に向けたままだった指先をクルクルーと回したので、ああ、やっぱり覗くことにしたのか、と思い、諦めつつも目を閉じた。
どの場面から覗かれるのかはわからないが、なるべくなら泣くのを我慢しよう。
心の中に活力を蓄え、ソレが僕に訪れるのを待っていた。
けれど、ソレは一向に現れない。
もしかして、僕には見せないようにしつつ覗いているのかな?
そのくらいのことは時間をかけさえすれば可能だったのだろう。
仮にも女神様と呼ばれるカテゴリーに位置する神様だし。
再び目を閉じて、その場でじっとしていた。
どうかあの場面とあの場面、あの場面だけは覗かれませんように。
一縷の望みを願いながら。
お読みいただきありがとうございます。




