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女神様の美容師  作者: 獅子花
美容師 異世界に行く
160/321

160.美容師~ご飯を求める


 そのまま優しい腕の中に守られて、僕は自分を取り戻した。


「もう大丈夫です。ご心配をお掛けしました」


 そっと両肩を手の平で押して距離を取る。

 顔は……上げられるはずがない。


 なんでって?

 それはもちろん、恥ずかしいからだ。


 いい大人が泣いてしまうなんて。

 しかも抱きしめられて慰められるなんて。

 これでは僕の方が子供みたいだ。


 お互いに涙を見せてしまったことに羞恥心がある為、どこかぎこちなく微笑み合う。

 おかげでどちらも口を開こうとするが、途中でやめてしまう状態に。

 

 その空気を払拭するように新たな一手を切りだしたのはリリエンデール様だった。


「あの、ソーヤ君? 今回のお詫びと言ってはなんだけど、何かお願い事なんてないかしら? 

 今ならわたしの余裕もあるし、なんでもとはいかないけれど大抵のことなら叶えてあげられるかも」


 なんでもとはいかない、か。

 さっきまでの僕なら、ここで『元の世界に生き返らせてほしい』とか『禁忌を取り払ってほしい』とか『序列一位様に今すぐ会わせてほしい』とか、冗談交じりに言ってみたと思うのだが……今はそれが冗談にならないような。


 本気に取られてまた泣かせてしまったら、今度こそ手がつけられない状態になりかねない。

 なので、ここはひとつ当りさわりのないお願い事をしてみることに。


「ご飯が食べたいです」


「えっ? お腹空いてるの? 夕食は? 食べてないの?」


 夕食は確かに食べていなかったけど、そこまで空腹感はない。

 僕の言うご飯とは文字通り、


「お米が、日本の白いご飯が食べたいです。可能ですか?」


「ああ、そういうことね。それくらい大丈夫よ。

 わたしを誰だと思っているの? これでも女神なんですからね。お米だけじゃなく、おかずだって用意できるわ。何がいいか言ってみて」


「なら、牛丼が食べたいです。あと、できればお味噌汁も」


「牛丼とお味噌汁ね。ちょっと待っていて。今、調べて取り寄せるから」


 リリエンデール様はそう言うなり目を閉じ、「んー」と呟いていたが、


「これと……これね!」


 テーブルに指先を向け、クルクルさせた。

 すると、そこには見慣れたあのチェーン店の器に盛られた牛丼とお味噌汁が。


「さぁ、どうぞ。遠慮しないで召し上がれ」


「いただきます」


 割り箸を袋から出し半分に割り、お味噌汁のお椀を両手で包むように持ち、一口飲んだ。

 懐かしい味噌の香りが体の中を満たしていく。


 次は牛丼。

 お肉とご飯を半々の割合で口の中に入れ、咀嚼する。

 忙しくてお昼休憩をろくに取れない日々、毎日のようにこの店に通っていた時期を思い出す。


「美味しいです」


 テーブルに両肘を付けて組んだ手の甲に顎をのせ、僕が食べる姿を見つめていたリリエンデール様に改めて、


「ありがとうございます」とお礼を告げた。


「いいのよ、これくらい。お安いごようだわ」


 そのままリリエンデール様に見守られながら食事を終えると、温かなお茶が用意されていたので、火傷しないように息を吹きかけ少しずつ飲む。


「あとは? あとは何かないのかしら? なんだっていいのよ? もちろん、わたしにできる範囲でのことだけど」


 リリエンデール様は、僕に何かしてあげたくて仕方がない状態なのか?

 これが噂に聞く、離れていた息子が久しぶりに帰郷した母親状態というやつなのか?


 自分ではその経験はないが、友人やお客達からは何度も聞いていた。

 迷惑そうな振りをして話すのだが、どこか嬉し恥ずかしそうに。


 ただ、お腹も満たされてしまったし、序列一位様や禁忌の関係は現状地雷扱いだ。

 それ以外では今のところしてほしいこともないし、さてどうしたものか。

 

 困ったように微笑む僕を見て、リリエンデール様が再度尋ねてくる。


「何もないの? こんなチャンス、めったにないのよ? わたしの力は今凄く絶好調なんだから!」


 絶好調か。

 確かにいつもよりも輝きが増しているように見える。


 これも主神様の寵愛を頂いたからなのかな?

 女神様とはいえ、恋する気持ちは全てを強くするのだろうか?

 何か、何かないかな……あっ、そうだ!


「では、お願いがあります」


「なに? なにかしら? なんでも言ってみて。言うだけならタダなんだから」


 女神様の口からタダという言葉が出るなんて、なんとも俗物的な気がする。


「こいつ、というか、こいつらなのかな? 

 この前、リリエンデール様に説得していただいた件なんですが、どうも約束を守ってくれていないみたいで」


「約束? ああ、経験値の件ね。また貯め込んでいるのかしら? ソーヤ君に分配はこないの?」


「ええ、たぶん。まだレベル2のままです。

 土蜘蛛や女郎蜘蛛という強い魔物を倒してもレベルが上がらないままですし」


「そうなのね。ちょっといいかしら」


 リリエンデール様が立ち上がり、僕の横に移動する。

 シザーケースは横に逃げようとしたみたいだが、僕が座ったままなので椅子に挟まれて逃げ場がないようだ。


 大人しくリリエンデール様に指先を向けられクルクルされていた。

 それから何度か小さく青い点滅をしていたようだが……。




お読みいただきありがとうございます。


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