16.美容師~プレゼントをする
その後、当事者である僕をほったらかしにし、二人は怒鳴り声とお辞儀でのバトルを繰り広げ、結局ナイフを諦め残り全てを2000リムで購入した。
手持ちの2300リムでいいと、疲れた果てたグラリスさんが言ったのだが、文無しでは生活ができないからとマリーが言い、グラリスさんは諦めきった表情で300リムを僕に渡してきた。
最後に、マリーは深く一度グラリスさんに向けてお辞儀をし、
「しっしっ、しばらくは来るんじゃねーぞ」
と苦笑混じりに追い払われていた。
こうして僕は、初めての武器と防具を手に入れたのであった。
返したナイフ分の300リムを引いて、3300リムを2000リム。
しめて1300リムの値切りである。
受付嬢のお辞儀は怖いと、心に留めておくことにした。
「そこそこのモノが揃えられてよかったですね。ナイフは惜しかったですが」
残念そうにマリーが言うが、十分の成果だと思うので、苦笑いで返した。
グラリスさんは何か彼女に弱みでも握られているのだろうか。
「これからどうしましょうか?」
彼女が見上げながら聞いてきたので、
「何かしたいことはある?」
と聞き返した。
「わたしは特には……そうだっ、せっかくですから、この街の案内でもしましょうか?」
「いいね。マリーがよければ頼むよ」
隣り合ってブラブラと歩き、服の代えを一着選んでもらい白い長袖のカットソーもどきを購入したり、道具屋に入って竹の水筒を値切って半値以下で買ったり……そんなこんなで、日が暮れてきたので解散の時間となった。
ついでにこの世界のことについてもそれとなく質問をして、1日は24時間で、一年間は360日。
一月が30日×12ヶ月で日本と同じように四季があり、地球とほぼ変わらないサイクルであることがわかった。
ちなみに今日は5月15日だった。
時間等の色々な単位を確認した時のマリーの口の動きを見ると、耳に聞こえる言葉とは違うようなので、言語翻訳スキルが発動しているのだろうとあたりをつけた。
情報収集がかなりはかどったかわりに話し疲れたマリーの為に、屋台で果実のジュースを二つ買い一つをマリーに渡した。
「ありがとうございます」
「いや、これくらい今日のお礼には安いもんだよ」
本当に、彼女にはお世話になりっぱなしなのに、他に返せるものが何もない。
何か僕にできることはないのだろうか……。
考えていると、マリーが僕の腰を見て言った。
「ずっと気になっていたのですが、ソーヤ様の腰についているこの変わった鞄? ……隙間から時々キラキラしているのが見えるのですが、何が入っているのですか?」
「ああ、これね。シザーバッグとかシザーケースって言うんだよ。僕の仕事道具」
後ろ気味にぶら下がっていたので、中が見やすいように前にずらした。
蓋の留め金を外して蓋を開けると、マリーが興味深そうに顔を寄せて来る。
「結構たくさん入っているのですね……でも何に使うのでしょうか?」
シザーを一丁抜いて見せてあげた。
そういえば、久しぶりに触れた。
この世界に来てから初めてだ。
「これは……武器ですか? 手の平で握ると少しはみ出るくらい……暗器の類……」
すごい勘違いをされているような……このままでは暗殺者にされてしまう。
「暗器じゃないからね!」
少し強めに言うと、
「申し訳ございません」
謝罪されてしまった。
「まぁ、特に楽しいものはないかな」
櫛やロールブラシなんかも見せてあげたが、ほぉーと興味深そうにしている。
この世界にはハサミや櫛もないのだろうか?
髪の毛はどうやって切っているのか。
「これは、どのように使うのですか?」
マリーが指差していたのは、嘴型のヘアクリップ7本が並んだ場所。
赤、青、緑、黒、ピンク、銀に金、ステンレスにメッキコーティングされているのでキラキラと輝いている。
ピンクのヘアクリップをバックから外して渡してあげた。
「すごく綺麗です。なんの素材でできているのでしょうか? 宝石? にしては軽いし」
手の中でクルクルと回し、目を細めて眺めている。
そうだな……今なら聞いてみてもいいかな。
「マリーは前髪が長いけど、何か理由があってそうしているの?」
「これですか?」
マリーが前髪を指でいじり、恥ずかしそうにする。
「わたしの父親は商人をしているのですが、街と街を行き来している関係で長く家を留守にすることが多いのです。
だいたい、短くても15日くらいは不在にしてますし、長いと100日近く帰ってこないことも珍しくありません」
「大変な仕事なんだね」
「出稼ぎの商人ですから、そんなものですよ、普通に」
顧客の所を仕入れて売ってと、回るようなものかな。
勝手に想像して納得する。
「本当はこんなに伸びる前にいつもは切ってもらうんですけど、今はちょうど長いルートの仕事に出ていまして……おかげでこんな有様です」
前が見えにくくて、と言い指でつまんで前髪を持ち上げると、薄明かりの中で初めて完全にあらわれた青い目が、真っ直ぐに僕を見つめた。
ラピスラズリのような綺麗な瞳だった。
吸い込まれるように見入ってしまう。
「……きれいな色だな」
思わず呟くと、
「ですよね。とってもかわいくて、他の色も全部集めたくなっちゃいます」
どうやら、お互いで綺麗の対象が違うらしい。
一分もあれば前髪くらい切ってあげられるけれど、できないのだから仕方ない。
すぐに隠れてしまった青を残念に思い、彼女へのプレゼントを決めた。
あとは……使い方の説明だけど、触れられないのだから……青いヘアクリップを右手で取り出した。
「それを右手でこうやって持ってみてくれる?」
「こうですか?」
「そうそう、これはこうやって使うんだよ」
左手で自分の前髪をわけ取り、斜めに流しながらヘアクリップでとめて実演する。
「さ、やってみて」
「えっと……こうですか?」
多少ぎこちなさは残るが、目にかかっていた前髪が横分けに固定され、おでこと二つの瞳が出てくる。
「うん、そんな感じ。いつものお礼にそれをあげるから使ってみて」
前髪から青いヘアクリップを外して、シザーケースにしまった。
6本になってしまったけれど、惜しくはない。
「えっ! こんな高そうなモノもらえませんよ! すぐに返しますから」
慌てて前髪から外して、こちらに返そうとしてくる。
けれど、
「そんなに高価なものじゃないから大丈夫だよ。それにほらっ、僕はまだ6本も持ってるから」
でも、でも、とマリーが頑なに受け取ってくれないので、仕方なく代案を出した。
「なら、お父さんが帰ってきて、前髪を切ってもらって必要なくなったら返してくれればいいよ。それまでは遠慮しないで使って」
「そういうことなら……なくさないように大事にしますから。父が帰ってきたら、すぐに返しますから」
納得はいかないようだが、言葉とは裏腹になんとも嬉しそうにしている。
「どうですか?」
再び前髪をクリップで留めて、マリーが頬を緩めた。
「うん、似合ってるよ。可愛い」
「ですよねっ! ピンク色でキラキラしてて、本当に可愛いです」
結局、その対象はすれ違ったままだったけれど。
何度もマリーからお礼を言われながら別れ、僕は宿屋に帰った。
前もって支払っていた宿代は明日までなので、明日は心許なくなった懐を増やさなくてはならない。
ジュースと代えの服、水筒を買って残金は100リム。
装着の仕方を確かめながら脱いだ革当て一式はベッドの脇に短剣と一緒に置いてある。
とりあえず武器と防具は揃ったとして、この先必要な物はなんだろうか。
宿屋暮らしは落ち着かないしお金がかかるので、いずれは自分の家は欲しい。
この世界にも賃貸物件みたいのものはあるのか……でも、ずっとこの街にいるのかどうかもわからないし、女神様の返事次第では場所を移す可能性だってある。
武器と防具が手に入ったことだし、明日は簡単な討伐系の依頼で受けられるものがないか探してみよう。
というか、実際はマリーに探してもらうのだけれど。
ヘアクリップ一本じゃ、到底お礼には程遠い。
今後も助けを借りることを考え、お礼の手段に頭を悩ませながら、固いベッドで眠りについた。




