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女神様の美容師  作者: 獅子花
美容師 異世界に行く
159/321

159.美容師~慰められる


「あ、あの、リリエンデール様?」


「わぁーん、わぁぁぁぁーん」


 困った……僕の話を聞いてくれるどころか、まだまだ泣きやんでくれそうにない。

 

 これが本当に小さな子供なら抱きしめ、頭を撫でて落ちつかせたいのだが、目に映るのは妙齢のとびきり綺麗な女性の姿。


 しかも女神様に対して、自分がそんなことをしてしまっていいのか? という恐れ多さがあるものだから余計に行動に移せない。

 

 仕方がないので、泣いているリリエンデール様の対面に座って泣きやむのを待っていると、少しずつ叫ぶトーンが落ちてきて、「ひっく、ひっく」としゃくりあげるものに変わってきた。

 

 今なら聞いてもらえるかな?


「あの、リリエンデール様? 僕が言い過ぎました。ごめんなさい。もう泣かないでください」


 様子を窺いつつも声をかけてみると、


「……確かに頑張るって言ったわよ? 

 でもソーヤ君だって、序列一位との話し合いよりもわたしが喜んでくれる方が大事だって言ったじゃない? そっちの方が嬉しいって言ったじゃない?」


 ああ、確かに僕はそう言ったかもしれない。

 髪の毛を結うことを放りだしてでも飛び出そうと急ぐリリエンデール様を諭し、リリエンデール様をひきとめたのは僕だった。


 リリエンデール様は僕の要望通りに髪の毛を結わせてくれ、主神様に褒められ、寵愛を貰い、嬉しそうに報告してくれた。

 

 とびきりの笑顔で喜んでくれた。

 それを僕に見せてくれた。

 それなのに、僕は酷い言葉で傷つけてしまったのだな。


 自分で言い出したことなのに、その結果が気に入らないからと言って、責めてしまった。

 笑顔を消し去るどころか泣き顔に変えてしまった。

 これでは、僕は美容師失格だ。


 例え序列一位様との話し合いが上手くいき、禁忌を取り去ってくれたとしても、僕は僕が望む美容師ではいられない。

 

 店を開くどころではない。

 僕は何をしているのだろうか……。

 こんなことでは、あの人達との約束を守ることさえできない。


「リリエンデール様、申し訳ありませんでした。僕が全て悪いです。酷いことを言ってすみませんでした」


「いいの……確かにわたしも浮かれ過ぎていたわ。ソーヤ君の気持ちも考えずに申し訳なかったわ。

 でもね、本当に嬉しかったのよ。あのお方と2人きりでお話できて。しかもご寵愛まで頂けて……こんなのいつ以来なのかしら。100年、200年じゃきかないわね。

 たぶん、思い出すのに苦労するくらいに昔の話なの。だからつい、ついね――」


「いえ、いいんです。リリエンデール様は僕の望みを叶えてくれました。僕の手がけた髪型で主神様に褒めていただけた。

 それもそんなに久しぶりに、お誘いを頂ける程に気に入って頂けた。それだけで十分です。美容師冥利に尽きます。だから今回は諦めます。

 まだ僕の為に頑張ってくれる気持はあるんですよね? このまま僕が美容師として生きていくのを諦める必要は――」


「諦める必要なんてないわ!! わたし頑張るから! 

 今回は不甲斐ない所を見せてしまったけれど、次は絶対に頑張るから! わたしに任せておいて、ソーヤ君! 絶対に序列一位に禁忌を撤回させてみせるから。

 ソーヤ君が美容師として生きていけるように、自分のお店を開けるように、夢を叶えられるようにしみてせるから。

 だから、だから……泣かないで。そんなに静かに涙を流すのはやめて。見ていて、胸が張り裂けそうになるから」


 身を乗り出したリリエンデール様の指が、そっと頬に触れてきた。


 泣いている?

 誰が?

 僕が?


 優しく拭われたリリエンデール様の指先は、濡れてキラキラと輝いていた。

 

 右手を持ち上げて手の甲で頬を拭ってみる。

 すると、同じように濡れた水滴が光を反射して輝いた。

 

 泣いてしまったことが恥ずかしくて、乱暴に手の平でごしごしと顔を擦った。

 服の裾を巻くしあげて、捕りきれない水分を布に移した。

 

 その間、リリエンデール様は優しく微笑み、僕のことを見守ってくれていた。

 それはまるで古い記憶の中に潜む母親のようで……嫌でもあの人のことを思い出してしまう。

 

 いつも笑顔で騒がしかった母親。

 僕と父親を巻き込んで、楽しそうに、嬉しそうにはしゃいでいた印象が強い。


 死の淵に踏み出す時もそうだ。

 残された僕と父親を最後まで心配しつつ、『泣かないで』と細い指先で僕の頬を撫でてくれた。


『ソーヤは強い子だから大丈夫よ。だってわたしの子供なんだから』

 そう言って、嬉しそうに笑っていた。


『ソーヤよりもお父さんの方が心配だわ。わたしがいないと何もできない人だから。

 ソーヤ、お父さんのこと、頼むわね。

 ご飯を食べていなかったら、無理やりにでも口に突っ込んであげて。お酒を飲み過ぎていたら、こっそりお水と変えてあげて。汚れた洋服を着続けていたら、新しい洋服を出してあげて。お客さんと喧嘩したら、間に入って仲裁してあげて。

 美容師を辞めるって言い出したら、遠慮はいらないわ、思いっきりお尻を蹴っ飛ばしてあげて。どうあってもお父さんからシザーを取り上げてはダメよ。この人の手は、人を幸せにする手なんだから。絶対に辞めさせてはダメ。勿体ないわ。世界からの損失よ』


 と、いつもの口癖をうふふと笑いながら言い、そのかわり、と最後に小声でつけたした。


『この人が隠れて泣いていたら、探し出して笑わせてあげて。これはソーヤにしかお願いできないことよ。お願いできるかしら?』


 僕は……泣くのを我慢する為に唇を噛み締めていたので声が出せず、ずっと頷くことしかできないでいたが、最後のお願いだけは震える声で返事をした。


「わかった。大丈夫、大丈夫だよ。僕、できるから。できるように頑張るから」


『そう……なら安心ね。ソーヤがいるから安心して旅に出れるわ』


 母親はほっとしたように微笑んだ。

 そして、最後に父親を真剣な目で見つめ、


『あなた、ソーヤとお店を頼むわよ』 


 


 記憶の中に囚われていた僕の頭を、柔らかく包む温かな存在があった。


「大丈夫、泣いてもいいのよ。

 泣いてもいいから泣き終わったら笑ってちょうだい。いつもの困ったような笑顔でもいいの。少しでもいいからわたしに見せてちょうだい。今はまだ、泣いていてもいいから」


 2つの膨らみの間に鼻と口が挟まれて呼吸がしづらい。

 酸素が足りなくて鼻から大きく吸い込むと、甘い香りが体の内側を駆け巡り、不思議と気持ちを落ちつけてくれた。


「ソーヤ君の命を奪ってしまってごめんなさいね。ソーヤ君の夢を奪ってしまってごめんなさいね。ソーヤ君の期待を裏切ってしまってごめんなさいね。

 不甲斐ない女神でごめんなさいね。わたしが……序列一位の女神じゃなくてごめんなさいね」


 僕の背中を手で擦りながら、リリエンデール様がいくつもの謝罪を告げてくる。

 どうやら、僕が泣いている理由を勘違いしているらしい。


 美容師の夢を諦めて泣いていると思ったのか。

 実際は、リリエンデール様を亡くした母親と重ねてしまい、古い記憶に傷口を抉られていただけなのだけど。




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