158.美容師~女神様を泣かせる
「それでリリエンデール様、例の件はどうだったのでしょうか?」
「例の件? あっ、そうね、そうだったわね……えーと、えーとね……」
何故か僕から目を逸らし、きょろきょろと辺りを見回し始める。
これは……怪しい。
「序列一位様とは会えたのですか?」
「えーと、えーとね……会えたわよ?」
会えたのか。
髪の毛を結うのに時間がかかったので会合に遅れてしまい、他の女神様とは会えなかったのかと思った。
ただ、どうして語尾に?マークを付けるんだ?
「会ってお話はできたのでしょうか?」
「お話? うん、お話ね。できたというかできなかったというか……」
俯いてボソボソと呟いている。
「リリエンデール様、説明を」
なんだかマリーが僕に乗り移った気分だ。
「えーと、説明、説明ね。わかったわ。聞いてちょうだい、わたしの頑張りを」
それから数分、リリエンデール様の話を聞き終えた僕は、思わずため息をつかざる負えなかった。
纏めるとこうだ。
会合場所に到着した時にはすでに始まってしまっていて、遅れて登場したリリエンデール様に他の女神達がブーイングしていると主神様登場。
静まり返っている女神様達に対して、主神様はリリエンデール様に目が釘付け。
皆の前でお褒めの言葉を頂いたリリエンデール様は有頂天。
その日の会合で話し合われた内容はもちろん覚えていない。
唯一褒めてあげられる箇所は、会合が終わり他の女神様達が帰り始めたタイミングで気がつき、ダッシュで序列一位様を捕まえたところだ。
やっとの思いで話しかけたのだが、やっぱり向こうからの解答は同じ。
『あなたには関係ありません』だったらしい。
それに喰らいつくリリエンデール様なのだが、そこに主神様がやってきて、
『このあと、2人でお茶でも飲まないかい?』
なんて誘われてしまったリリエンデール様は……二つ返事でついていってしまったとさ。
ちゃんちゃん、ってなわけだ。
話し終えたリリエンデール様は悪いとは思っているのか、俯いているので垂れ下る髪の毛に表情を隠してしまっている。
それを目の前にしている僕はというと……腸が煮え切るとまではいかないが、正直腹は立っている。
だってせっかくの序列一位様と話し合いができる場面だというのに、主神様に誘われたからって二つ返事はないだろう。
せめて少しくらいは悩む素振りを見せてほしい。
「リリエンデール様?」
「な、なにかしら?」
「反省していますか?」
「してるわよ、もちろん」
「なら、顔を上げてもらえませんか?」
「いいわよ?」
顔を上げ、両手で髪の毛を後ろに撫でつける。
そこから現れた表情は……反省の色はなく笑みを浮かべるのを抑えるのに必死な様子。
頬は自然と上がり、目じりは垂れてにまにましているので、誰が見てもほぼ8割は幸福感で満ち溢れている。
「どうして笑っているんですか?」
「笑ってないわよ?」
「その顔でそれをいいますか?」
「その顔ってどの顔よ? 見て、この悲しそうな顔を。わたしの心は悲しみの坩堝なんだから」
程良い膨らみの胸を張り、自信満々にそう告げる。
「リリエンデール様、自分のお顔を鏡に映して見てみてはいかがでしょうか?」
「いいわよ。見てあげようじゃないの。もうあれよ? 世界中の人々が滅んでしまったかと思うくらいの悲壮感が漂っているはずだわ」
そう言って指先をくるくる回し、無から取り出した手鏡を手に取り自らを映した。
「……」
「……」
「…………」
「悲しみの坩堝ですっけ?」
「…………」
「悲壮感、ありますか?」
「…………ないかしら?」
「ないですね」
「……おかしいわね」
呟いて、右手で自分の口角を下げようとしたが、手を放すとすぐに持ちあがって頬笑みを浮かべてしまう。
そして、指先を回して手鏡を消し去った。
「ふぅ」
リリエンデール様がため息をついた。
ため息をつきたいのはこっちの方だ。
それを告げようとするが、先に口を開いたのはリリエンデール様だった。
「だってしょうがないじゃないの!
あのお方に2人きりでお茶のお誘いを頂いたのよ? 断れるわけないじゃない!
しかも、ご寵愛まで頂いたのよ! 顔だってにやにやしちゃうわよ!!
悲しみの坩堝? 悲壮感? ふんっ、わたしの心の中は幸福感で満ち溢れているわ! 今のわたしは、幸福の垂れ流し装置と言ってもいいくらいよ。
何か文句でもあるのかしら? あるなら言ってみればいいわ。わたしの幸福感を奪えるものなら、やってみるがいいのよ!」
椅子の背もたれにふんぞり返り、足を組んでそっぽを向いてしまっている。
あーあ、開き直っちゃってるし。
どんなに頑張っても勝手に笑顔を浮かべてしまうのだから、どうにもならないわけか。
けれど、僕だって言われっぱなしでは気がすまない。
だからその幸福感とやらを薄れさせてやろうじゃないか。
「髪型なんてどうでもいいくらいに、序列一位様にこだわっていたのに」
「む、モノには順序というものがあるのよ。あのお方が一番なのだから、序列一位は当然二番よね」
そうきたか。
確かにそれは正しい。
「待っていたのにな……リリエンデール様が序列一位様から禁忌を取り下げるように頑張ってくれていると思って、期待していたのにな」
「ぐっ、頑張ったわよ? 頑張ろうとしたのよ? でも急にあのお方が誘って下さるものだから」
「『わかったわ。わたしに任せておいて』って言ったのに」
「っ! 言ったわよ? 言ったけど、言ったけどー」
「美容室を開く僕の夢を奪ったのに……僕から美容師という職業を奪ったのに……リリエンデール様は幸せでいいですね」
「う……うぅぅ……うわーん。ソーヤ君がいじめるのー」
なんとか持ちこたえてはいたが、ついにリリエンデール様にも限界が訪れたようだ。
両手は力なくだらんと横に垂らし、真上を向いて泣きだしてしまった
「わぁーん、わぁぁぁーん」
まいったな。
ここまで本気で泣かせるつもりはなかったのに。
さっきまで僕の中にあった敵対心というか、やり込めてやろうという気持ちが徐々に薄れていってしまう。
いい大人というか僕の何十倍、何百倍かを生きているはずの女神様なのに、泣いている姿はまるで小さな子供のようだ。




