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女神様の美容師  作者: 獅子花
美容師 異世界に行く
156/321

156.美容師~約束の内容を変えてもらう


「ごめんさない! 

 たくさん心配かけてごめん。きちんと話をする前に逃げ出した風になっちゃってごめん。

 でも本当に急用だったんだ。その内容は話せないけど、逃げたわけではないんだ。信じてほしいし、許してほしい」


 そのまま頭を下げ続けること数十秒。

 これで駄目なら土下座しかないかと思った時、


「心配、したんですからね」


 鼻を啜る音にまぎれて小さな呟きが聴こえた。


「女郎蜘蛛が出たって聞いて、もう駄目だって思ったんですからね」


 見つめていた床に、ポタンと雫が1滴垂れて弾けた。


「やっぱり無理やりにでも止めていればよかったって……後悔して後悔して……その時のわたしの気持ちがソーヤさんにわかりますか?」


 ポタン、ポタンと連続して雫が落ちてくる。

 

 顔を上げると、気丈にも僕を睨みつけながらマリーが涙を流していた。

 その姿がとても美しく見えてしまい、そのまま数秒見つめることしかできなくなる。


「ソーヤさん、わたしの話を聞いていますか?」


「うん、聞いてるよ。心配かけてごめんね。

 でも約束通り、無事に戻ってきたから。ほらっ、怪我もしていないし大丈夫だから」


「約束……」


「うん、約束は守ったよ?」


「守ってない……全然守ってないです。危ないことはしなって約束したのに」


「あっ……そうでした」


 そんな約束もしたっけなぁ。

 すっかり忘れていたし。


「ソーヤさんは、いつもわたしとの約束を守ってくれません。どうしてですか?」


「どうしてって言われてもなぁ」


「どうしてですか!? 女郎蜘蛛の前に立つなんて、どんなに危険なことか理解していますか?」


 女郎蜘蛛の前に立つ、か。

 それは経験した僕が一番よくわかる。


「理解はしているよ」


「なら、どうして?」


「だって、ランドールさんやシドさん、仲間の命が危険だったからだよ。僕ならその危険を回避できると思ったから前に出たんだ。でもね」


「なんですか?」


「ニ度とやりたくない。

 正直、今でも思い出すと足が震えて腰が砕けそうになる」


 おどけて言うと、つられるようにマリーの顔にも頬笑みが浮かぶ。


「マリーが僕のことを心配してくれているのはわかるよ。でもね、また同じような場面になったら、僕は同じことをするかもしれない。仲間の命を助けられると思えば、危険でも前に出るかもしれない。

 けどね、その為に自分の命を捨てることはしないから。無理だと思えばちゃんと引くようにするから。だから約束の内容を変えてほしいんだ」


「内容を変えるんですか?」


「そう。危険なことをするかもしれない。この先、怪我だってするかもしれない。

 でも、ちゃんと無事に生きて帰って来られるように頑張るから。それは約束するから。だから今回の件は許してほしい。お願いできないかな?」

 

 右手を拳状に握り、小指だけを立たせて掲げて見せた。

 そこに数秒遅れて、マリーの小指が絡みついてくる。


「……仕方ないですね。今回だけは許してあげます。でもきちんと何があったのかは説明してもらいますからね」


「わかった。出来る限りの説明はするよ」


 頷くと、やっとマリーの顔に笑顔が戻る。

 ほっと一安心だ。


「たくさん心配したんですからね?」


「ごめんね。この埋め合わせはするから」


「ほんとですか? それなら、わたし明日は休みなんで、どこかで美味しいご飯をご馳走してくれませんか?」


「それくらいならお安いご用だよ。今回の依頼で報酬もたくさん貰ったし、何が食べたいか決めておいて。

 明日のお昼前に、冒険者ギルドの前で待ち合わせしようか」


「はい、約束ですよ?」


「うん、約束」


 再び小指を絡ませて指切りをする。


「待ち合わせの約束をしてご飯を食べに行くって、なんだかデートみたいですね」


 マリーが恥ずかしそうに呟いて、「ほんとだね」と二人して顔を見合わせ笑い合っていると……そこに、「ごほんっ」と低い咳払いが乱入する。

 部屋の扉を微かに開けて、ギルマスが顔だけ覗かせていた。


「どうしたんですか? そんな恰好で」


 声をかけると、ため息をつきながら扉を開けて部屋に入り、不機嫌そうに睨みつけてくる。


「『どうしたんですか』じゃねーよ! お前達のせいで酷い目にあったぜ。

 キンバリーには詳しく説明しろと言われるし、シェミファには蔑んだ目で睨みつけられるし、冒険者の野郎共にはコソコソと陰口を叩かれるし……それで張本人達ときたら、人の部屋で甘い空気を出して見つめ合いやがって……まったく、俺の苦労もわかってくれよ」


 僕がギルマスに匿ってもらっている間に、下で何かあったのだろうか?

 チラリとマリーを見ると、意味深に微笑まれてしまった。


 これは、聞かない方が身の為なのかもしれない。

 ギルマスには悪いが、知らぬ存ぜぬで通させてもらおう。


 ただ、匿ってもらったことは確かなので、


「ありがとうございました」


と告げ、借り1だな、と心の中に留めておく。 


「ああ、もういいよ。2人ともさっさと俺の部屋から出てってくれよ」


 疲れた声に追いやられて、マリーと一緒に部屋を出る。

 階段を下りてギルドの前でマリーと別れ、宿に戻ることに。


 

 宿の女将に部屋の鍵を貰い、部屋に入るなり荷物を放り出しベッドに倒れ込むと、抗いがたい眠気が襲ってきた。

 初の緊急依頼は遠出に長時間の継続戦闘、野営込みの4日間。


 自分でも気付かない程の疲れが溜まっていたのだろう。

 夕飯はどうしよう、なんて考えているうちにまどろみの中に落ちていくのだった。




いつも読んでいただきありがとうございます。


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