152.閑話 マリ~ソーヤの帰りを待ち望む
ギルドの受付カウンターに立ち、溜まった書類仕事を片付けていく。
その間に冒険者が来れば相手をし、終わればまた書類の処理に戻る。
ただギルドの入口から誰かが入ってくると、つい目を向けてしまい、ため息をついてしまう。
わたしの待ち人ではないとわかり落胆するからだ。
わたしの制止を振り切り、危険な緊急討伐依頼に出かけてしまったあの人。
確かに緊急依頼なので、該当者はほぼ強制的に依頼を受けなければいけないのだから、それを義務付けているギルド職員としては彼だけを止めるのは無理がある。
依頼を受けて前線に出るべきランクなのだから、それを危険だと止めるのは依怙贔屓以外の何物でもない。
わたしだってそれくらいはわかっている。
でも、それでも止めてしまうのは……やっぱりわたしの我がままなのだろう。
あのあとギルマスからも怒られて反省はした。
ギルド職員として一人の冒険者に肩入れし過ぎるのがよくないのはもちろん理解しているし、わたしが当事者じゃなく外から見ている立場なら、他の職員にも同じことを言うと思う。
ただ理解はできても納得はできないのが心情だ。
頭ではわかるのに心がそれをわかってくれないのだから仕方ないじゃない。
気がつかないうちに頬が膨らんでいるのに気が付き、誰かに見られていなかったかと目だけで周りを確認する。
大丈夫のようだ。
シェミファさんにでも見られたら、また小言をもらってしまう。
『冒険者ギルドの受付嬢としての自覚が足りない!』
彼女のいつもの口癖だ。
もう聴き飽きるくらいに聞いているので、できれば聞きたくない。
ソーヤさんが出かけてから今日で4日目になる。
もうそろそろ戻ってきてもいいはずだ。
もちろん、何事もなく無事に戻ってきてくれると信じている。
信じてはいるのだが、やっぱり心配になってしまうので、ついついソーヤさんのことばかり考えてしまう。
怪我はしていないかな。
食事はちゃんと取っているかな。
周りの皆とは上手くやれているかな。
なんだか息子を心配するお母さんみたいだ。
毎回最後には一人苦笑しつつ、ケネスさん達『狼の遠吠え』が一緒だから大丈夫、と思い込むことでなんとか気持ちを切り替える。
まったく、わたしがこんなにも心配しているなんて、あの人はわかっているのだろうか。
わたしが勝手に心配しているだけなのは彼には関係ないとしても、少しはわたしの気持ちも考えてほしい。
帰ってきたら、ちょっとお話合いが必要かもしれない。
うん、そうだ。
ゆっくりとお茶でも飲みながら、じっくりとお話合いをしよう。
明日はギルドの仕事もお休みだし、お詫びの気持ちを込めて、今回の報酬で美味しい物でもご馳走してもらうとしよう。
それくらいはしてもらってもバチは当たらないはずだ。
よし、決めた。
そうとなれば書類仕事を早く終わらせてしまおう。
残った仕事を明日片付けるように言われては堪らない。
わたしは羽ペンを動かす手を元気づけ、より一層集中するように、今だけは彼のことを頭の片隅に追いやった。
お昼御飯を食べ終え、休憩のお茶を飲み、もうひと頑張りすれば今日の仕事が終わるなと思い始めた頃、街の門に詰めていた男の人が冒険者ギルドに駆け込んできた。
一瞬ギルドの中がピタリと静かになり、何か問題が起きたのかと皆がその男の人に注目する。
男の人はちょうど階段を降りてきたキンバリーさんを見つけるとすぐさま走り寄り、顔を近づけて小声で報告した。
「緊急依頼に出ていた冒険者達が戻ってきました。土蜘蛛だけではなく、女郎蜘蛛が出たそうです!」
「なんだってっ!?」
近くにいたわたしの耳にはその声がしっかりと届いた。
「ヒッ!?」
喉が勝手に悲鳴を上げそうになり、両手で口を抑え込んだ。
女郎蜘蛛!!!
単体でBランク、土蜘蛛を引き連れていればAランクの魔物……すでに土蜘蛛は確認されていたのだからAランク確実だ。
今回の討伐で一番ランクが高いのはCランクの『狼の遠吠え』。
彼らでは、とてもじゃないが太刀打ちできるはずがない。
絶望的だ。
すとん、とわたしはその場に座り込んでいた。
勝手に足の力が抜けて、冷たい床にスカート越しのお尻が触れた。
やっぱりあの時、止めていればよかった。
ギルマスに怒られても、ソーヤさんに嫌がられても、他の冒険者達に依怙贔屓だと後ろ指をさされても、ギルド職員達に陰口を叩かれても、シェミファさんに受付嬢としての自覚が足りないとお小言をもらったとしても……受付嬢を辞めればすむことだ。
古い記憶が勝手に蘇ってくる。
普段は封印されていて、滅多なことでは表に出てこない記憶。
大事な人を止められずに失くしてしまった後悔の記憶。
わたしはまた同じことをしてしまった。
後悔して後悔して後悔して……絶対に同じことはしないと誓ったはずなのに。




