15.美容師~武器と防具を購入する
ボードに貼られた依頼を眺めていると、ちょうどやってきた午後からの職員に引き継ぎをすませた彼女が小走りにやってきた。
「どこかオススメのお店はあるかな?」
横に並んで歩き、聞いてみた。
カウンター越しだとわからなかったけれど、全体的に黒と白で統一されたメイド服のようなものを着ている。
ギルドの制服なのだろうか?
「ソーヤ様は、何か食べられないモノはありますか? 食べたいモノとか」
「んー、特に好き嫌いはないかな。君に……」
そういえば、僕は彼女の名前を知らない。
仕事を離れて受付嬢さんと呼ぶのもどうだろうか。
「君の名前を聞いてもいいかな?」
「ああ、そうでした。まだ名乗っていませんでしたね。わたしの名前はマリーと言います。今後ともよろしくお願いしますね。ソーヤ様」
「マリーさんだね、こちらこそ、今後ともよろしくお願いします」
立ち止まって頭を下げると、マリーさんが慌てるように腕を掴んで引っ張った。
「ソーヤ様、わたしなんかに頭を下げるのはやめてください。それに言葉遣いも丁寧すぎます! わたしの方が年下ですし、敬語はやめてください」
僕の敬語は職業病のようなものなんだけどなぁ……。
会ったばかりの人と話す時は、どうしてもお客さんと話すような感じになってしまう。
でも、付き合いが長く仲の良いお客とは確かにもっと砕けた感じになるわけだし……、
「わかったよ、マリーさん。これでいいかい?」
「名前も呼び捨てでかまいません。他の冒険者の方達もそうしていますので」
「了解、マリー。これでいいかな?」
「はい、それでいいです」
マリーがうんと大きく頷き歩き出したので、大きく一歩踏みだし横に並んだ。
マリーが連れて来てくれたお店は、灰色のパンにハムや野菜を挟んだサンドイッチのような軽食を出す店だった。
テーブルはほとんど埋まっていたけれど、滑り込みで待たずに席に通してもらうことができた。
なんだか若い男女が多いような気がする。
人気のあるお店なのかな。
2日間の採取依頼で感じた疑問点等を質問し、その回答をもらいながら昼食を終え、武器と防具のお店に着いた。
「よう、マリー。男連れで今日はどうした? お前のいい人か?」
短剣を研いでいた男がニヤニヤと笑いながら言った。
「グラリスさんっ! この人は新人冒険者の方で、武器と防具を買えるお店を探したいと言われたので、案内して来ただけです!」
早口で言葉を叩き付けるように放つ。
そんなに必死に訂正されると、ちょっと落ち込んでしまう。
「そんなに怖い顔すんなよ。ほら、そっちの兄さんも元気がなくなっちまったぜ。案外、お前のこと狙ってたんじゃねーのか?」
マリーが勢いよく振り返り僕を見るので、とっさに顔を背けてしまった。
狙ってない……決して狙ってるわけではない。
その前髪を切りたい! とは思っていても。
「やっ、やだなぁ。そんなわけないじゃないですか。ソーヤ様だったら、わたしなんかよりずっとかわいい女の子だって……」
恥ずかしそうに手で顔を扇ぐ。
男はお互いに顔を背ける僕らを眺め、またニヤニヤと笑みを浮かべた。
やばい、このままではこの男の玩具にされる。
「初めまして。僕はソーヤ・オリガミと申します。よければ、武器と防具を買いたいのですが」
まだ立ち直らないマリーを待ってられないので、男に声をかけた。
「おう。そうだったな。武器と防具か。新人だってことだから、ランクはGか? 得意な戦闘方法は? スキルと武器は何を使う?」
矢継ぎ早に質問されたのでとっさに答えてしまいそうになるが、マリーに袖を引かれたので口を閉じた。
「グラリスさんの言う通り、ソーヤ様のランクはGですね。
得意な武器や戦闘方法はこれから決めるので、今日はナイフや短剣を見せてください。防具は軽い革製の物をお願いします」
かわりにマリーがスラスラと述べる。
さすが冒険者ギルドの受付嬢だ。
無骨な武器職人にも一歩も引けをとらない態度で必要な物を提示していく。
情けないことに、僕は横に立って会話を聞き、時折手渡されたナイフや武器の感触を答え、防具を服の上から装着してもらうだけだった。
「こんなもんかな。どうだ?」
グラリスさんは、何故か僕にではなく、マリーに聞く。
「ええ、そうですね。とりあえずはこれでいいと思います。ソーヤ様、いかがでしょうか?」
「う、うん。よくわからないけれど、マリーがいいと思うならこれでいいと思う」
なんとも情けない返しだ。
母親に連れられて美容室に来ていた子供と変わらない。
「グラリスさん。ではこれでお願いします」
マリーが姿勢を正してお辞儀をした。
「おい、急に畏まるなよ。やりにくいなぁ」
ぼやきながら紙に数字を書き足し、
「ナイフと短剣が一本ずつ、革の胸当てと籠手が両手分、脛当てと……ざっと3600リムってところだな」
……全然足りないし。
お金を払おうとしない僕を見て、グラリスさんが怪訝な顔をしていると、マリーがすっと僕の前に出る。
「グラリスさん、これでお願いします」
再び90度の綺麗なお辞儀をした。
それを見て何かに気がついたのか、グラリスさんが焦ったように顔を引き攣らせ、
「お前、まさかっ」
と僕を見た。
「おい、お前いくら持ってる。全部ここに出してみろ!」
研ぎ石をテーブルの上からどかし、バンッと手で叩いた。
マリーが視線だけで促してくるので、お金を入れていた袋を逆さまにし、全てテーブルの上に出した。
昼食代の50リムはもちろん僕が出したので、残金は2300リム。
絶望的に足りない。
「ぜんぜん足りねーじゃねーかよっ!! ちょっとおまけのレベルじゃねーぞ!」
グラリスさんがマリーを睨んだ。
それに対するマリーはと言うと、前髪の隙間から覗く青い目を細め、
「だ・か・らっ!」
と口調を強め、
「これでお願いします」
三度お辞儀をするのであった……。




