146.美容師~自分の職業を告げる
「では、聞かせてもらえないだろうか。
ソーヤさんが貴族ではないことはわかった。
あの男のようにズルをして高ランクになったわけではないことは、実際に何度も戦闘を一緒に行ったことで理解できる。
あなたはEランク、いやDランク相当の実力がありそうだ。なのにどうしてソーヤさんはレベルが2なんだ?
そもそもソーヤさんは剣士なのか、それとも魔法使いなのか? どっちなんだ?」
えー、また答えづらい質問ばかりが。
レベルが上がらない原因は、正直に話すわけにはいかないし。
全ては言えないが、言えることだけでも説明してしまうか。
職業は……どっちと言われても、どっちなんだろう。
「レベルについてはついこないだ判明したんですが、職業を登録しないまま無職でいたのでレベルが上がらない不具合が起きていたようです。
どんなに魔物を倒しても、ずっと1のままだったんですよ。それで最近、漸くレベル2に上がったというか」
「それは……そんな不具合があり得るのだな。解決したのなら良かった。ソーヤさんも大変な思いをしたのだな」
同情の眼差しを送られた。
嘘をついたわけではないのだが、なんだかすみません。
「職業については……トイトットさんから見て、僕はどっちなんだと思いますか?」
「質問しているのはわたしなんだが。
まぁいい、そうだな……剣を持って戦うのだから剣士? ではなく魔法を使うのだから魔法使い……?
メイン武器として短剣を使ってはいるが盗賊系や斥候職とは違うし、見えない武器を持って戦場を走り、音もなく敵を倒す姿は暗殺者か?」
ここでも暗殺者が出てきた。
やばい、ますますキンバリーさんの言葉が現実味を帯びてきた。
「わからないな。だからあなたに聞いたのだし。
で、あなたの職業はなんなんだ? 教えてほしい」
真っ直ぐに見つめられても困ってしまう。
僕だって教えてほしいくらいだし。
ここで自分にもわからないと答えたら……せっかく友好的な感じになったのに、絶対にまた掴みかかってくるパターンだし。
どうしたものか。
仕方ない。
ここは素直に自分の心が思ったままに。
「トイトットさん、これから話す事はできれば他の人には言わないでもらえると……」
「わかった。男と男の約束だ。誰にも言わない。例えこの命を落とす事になったとしても」
「えーと、そこまでは求めていないので、命の危険があるようならばらしてくれてかまわないです」
「わかっている。わたしだって命を簡単に捨てることはできないし、ただそれぐらいの覚悟があると伝えたかっただけだ」
ああ、そうですか。
なんだか、この人扱いづらいな。
気を取り直して周囲を確認し、トイトットさんの耳元に口を近づけ小声で告げた。
「僕の本当の職業は……美容師です」
それから数十分、散々僕に質問をしてトイトットさんは仲間の元に帰って行った。
背中を見守っていると歩きながら首を傾げていたが、聞いたことのない職業を告げられたので無理もないのかも。
トイトットさんは『美容師』という言葉の発音自体も上手くできないで戸惑っていたし、どのような字を書くのかと尋ねられたが、無言で首を振っていると勝手に納得して、「すまない」と告げられた。
どう勘違いされたのかは聞かなかったが、字が書けないとでも思われたのだろう。
マリーや師匠に文字を習って、今では簡単な読み書きくらいはできるようになったが、ここはあえて否定しないでおく。
魔法で水を操り、時には気配を消して音もなく移動し、様々な道具を使い対象を切り刻み変化させる。
『美容師』は、そんな『謎職業』としてトイトットさんの中ではある程度納得がいったようだ。
最後には口に出して確認されたが、訂正することも、そこにあえて突っ込むことはしなかった。
あえてだ。
面倒になったのではない。
僕だって疲れているんだ。
投げかけてくる質問全てに対して説明しきれなかったのは勘弁してほしい。
しばらくすると、仲間の元に戻ったはずのトイトットさんが再び登場。
どうやら交代の時間らしい。
また質問をされそうだったので、慌てて立ち上がり、
「あとはよろしく」
と告げて足早にその場を去った。
逃げ出したのではない。
場所を譲ったんだ。
そう自己弁護しながら。
そういえば、トイトットさんからは僕の方が年上だし、冒険者としても同ランクなのだから敬語は必要ないと言われた。
トイトットと呼び捨てにしてほしいと言われたので、僕のこともソーヤでいいと伝えた。
笑いあって、ほんの少し仲良くなれたと思う。
お互いの秘密を打ち明けたのがよかったのかもしれない。
歳の近い魔法職の友達ができた。
異世界での初めての友達だ。
でもその友達からは当分逃げ回らなくてはいけなくなる。
謎職業……もう少し詳細に設定を考えておく必要があるのかも。




