145.美容師~トイトットさんの過去を知る
「わたしには妹がいる。
ここからは離れた割と大きな街に住んでいて、わたしも昔はそこに住んでいた。駆け出し冒険者になったのもその街でだ。
両親は小さな料理屋を経営していて、妹もそこで手伝いをしていた。12歳になった妹は買い出しを頼まれることが多くて、街の中は比較的安全なのでよく一人で買い物に出かけていた。
わたしはちょうど仲間と討伐依頼に出かけ、レベルも順調に上がり、魔法使いの師匠にも師事していて毎日が楽しくて仕方なかった。
そんなある日、妹が泣きながら帰ってきた。
わたしは妹の姿を見て愕然としたのを覚えている。
褐色がかった長い茶色の髪の毛が、肩の辺りで無残にも切られていたのだ。
それも鋭い刃物で斜めに切られたかのような角度で。
「誰かに切られた?」
「ああ、そうだ。わたしは泣きじゃくる妹から何があったのかを聞き出した。街で男に絡まれて剣で切られたとな。 怒り狂ったわたしはその男を探しだした。そして問い詰め、罪を償わせようとした。衛兵に捕まえてもらい、牢屋に入れて罰を与えてもらおうと。
だがその男を罪に問うことはできなかった。男は街でも有力な貴族の息子だったんだ」
「貴族の息子は何をしても罪を問われないんですか?」
「いや、普通の貴族の息子ならそんなことはない。ただ男の父親がかなりの権力持ちだったのと、男の冒険者ランクが問題だった」
「冒険者ランク?」
「ああ、その時のわたしはFランクになりたての冒険者で、その男はEランクの冒険者だった。
冒険者はランクが上の者を敬わなくてはならないという決まりがあるだろう?」
えーと、あったかなそんな決まり……。
思い出せないが、とりあえず頷いておく。
「その男はわたしが食ってかかると自分のギルドカードを見せ、『俺より低いランクの癖に生意気を言うな!』と怒鳴ってきた。
しかも冒険者ギルドにあることないこと報告し、一方的にわたしが悪者だと、因縁を擦り付けてきたんだと、ギルドに認めさせたんだ」
「それは……かなり横暴では?」
「横暴なんてものではない。奴は腐っている!
それを認めた、貴族にすり寄る冒険者ギルドの人間も腐っているし許せなかった。何よりあんな奴に『低ランク』だと馬鹿にされたわたし自身が一番許せなかった。
確かにわたしはFランクであの男はEランクだった。でもわたしのレベルは9だったのに、あいつのレベルは2だったんだ。
あいつは金で冒険者を雇い、魔物を倒させてその討伐部位や魔核を買い取り、そうしてランクを上げていた。
だから本当は、冒険者としてはわたしの方が優れているはずだ。あんな男に『低ランク』と嘲笑われるのはおかしいんだ。
しかもあいつはわたしが魔法使いだと知ると、自分も魔法使いに転職した。そしてあろうことかわたしにこう言い放ったんだ」
ギリギリッと、トイトットさんの歯を食いしばる音が僕にまで聴こえてきた。
思わず口の中の唾を飲み込み、僕の喉が鳴ってしまう。
「『冒険者だけではなく、魔法使いとしても俺の方が高ランクだな』と。『低ランクのお前は高ランクの俺を敬え』と」
「最悪な奴ですね」
「最悪な話にはまだ続きがある。
男は金で名の売れた魔導師に師事して魔法を覚えようとしたが、当然努力なんてしないので簡単な初級の魔法しか覚えられなかったんだ。それでどうしたと思う?
『魔法使いなんて、後ろで震えながら魔法を使うしか能がない、かっこ悪い職業は俺には向いていない。俺にはやっぱり前衛で剣を振る剣士が似合うな』
そう言って、またすぐに剣士に転職したんだ。
街で荷物を抱えて自分にぶつかってきただけの妹に剣を抜き、大事な髪の毛を切ったことも許せないし、それに対して罪を償わずに悠々と生きていることも許せない。
何より奴は俺を馬鹿にして、魔法使いという職業までもを馬鹿にした。
俺は奴を許せない。
腐った貴族も許せないし、低レベルのくせにランクだけ高い冒険者も許せない」
「だから貴族だと思った僕に対してあんな態度を? Eランクのくせにレベルも低いし?」
「しかもソーヤさんは剣士から魔法使いに転職したと聞いて――」
「その男と同じように、魔法使いを馬鹿にしていると?」
「面目ない。わたしの勝手な勘違いであなたに迷惑をかけてしまった」
項垂れるトイトットさんに、僕は再び同じ言葉をかけた。
「僕は気にしていませんよ。でもその貴族の息子のことは僕でも許せませんね。女の子の大事な髪の毛を勝手に切るだなんて。しかも剣で斬りつけるとは……許せない」
心の奥底から怒りがふつふつと湧き上がってくる。
そんな僕を見て、トイトットさんがもう一度頭を下げた。
「わたしの妹の為に怒ってくれてありがとう」と。
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