143.美容師~悪巧みを目にする
「ところで……今は何時ですか?
中に入ってから時間の経過がまったくわからなかったので、軽い休憩しか取っていないのですが……もしかしなくても一夜は越してますよね?」
「ああ、今はたぶん昼過ぎ頃じゃないか?
俺も詳しい時間はわからないがお前達、寝る暇もなく戦闘していたんだな。ますます中に入らない待機組みでよかったぜ」
「道理で眠たいはずですね。皆さん、ここで少し休憩をしてから帰りましょうか?
待機組と食料や水等は一旦合わせて、街までに必要な分以外は口に入れるか置いて帰りましょう。
入口付近や洞窟の中の持ち帰れる素材や魔核を、その分街に持ち帰りませんか?
せっかく倒したんですし、分配した時に報酬が増えますよ?」
ケネスさんの呼びかけに、待機組がゆっくりと動き出す。
魔物との戦闘に一生懸命すぎて、ほとんど剥ぎ取り行為をしていなかったようだ。
思い出したかのように目に光を宿し、ナイフ片手に魔物に群がり始めた。
苦笑混じりのケネスさんは離れた場所で、ギルド職員と待機組のリーダーとで帰路に向けての話し合いをしている。
ランカとカシムさんは食材を集めてから帰り道で必要な量を計算して分けているし、ランドールさんとシドさん、タイムさんハスラさんは、剥ぎ取り終えた魔物を洞窟の脇まで引きずり重ねて置いていく。
他の面々もできることを探しつつ、各自行動に移していた。
さて、僕はどこを手伝おうか。
誰かに呼ばれないかな、と周りを見渡しているとランカと目が合い、ちょいちょいと手の平を揺らして呼ばれた。
「ソーヤ、魔力はどれくらい残ってる? 帰り分の水は全部任せても大丈夫?」
「個人の水袋分で半日は持つから、足りない分の水瓶5杯~8杯分くらいは魔法で出せるっすか?」
ランカの曖昧な問いかけに、カシムさんが補足してくれる。
今のMP残量はそこそこあるし、自然回復もするから戦闘で魔法を使わなければ全然問題ないだろう。
「大丈夫です。もっと大量の水も用意できますよ」
「なら水は全部捨てよう、カシム。その分、土蜘蛛の眼球とかこの瓶に入れて持ち帰ろうよ!」
「そうっすね。眼球はたくさんあっても結構高値で売れそうっす。ここはランカの言うとおり、水は捨てていくっすね」
2人はまだまだ稼ぐつもりらしい。
何故か身を寄せ合って小声で話しているのは、2人だけで山分けするつもりではないと信じたい。
信じたいのだが、こっそりとケネスさんに言いつけておくことにしよう。
自分の為ではないんだ。
あとからばれて、2人が怒られるところを見たくないだけなんだ。
そうと決まれば、こそこそと動き出した2人の様子を見守らなくては。
作業が終わった者から少しの仮眠と食事を取り、街までの帰路についた。
ここで一泊して明日の朝に出発するという案も検討されたが、早くこの場所からは離れたいと言う意見が多かった為、できるだけ移動して日が暮れてきたら野営をすることになった。
その日の夜は誰も彼も睡眠が足りておらず、見張り役が少数だと揃って居眠りをする可能性が懸念されたので、1パーティーずつで見張りを交代することになった。
当然最初の見張り役は待機組達が受け持つと言い出したので、僕達探索組はその言葉に甘えることにして、『千の槍』、『狼の遠吠え』、最後は『炎の杯』の順番に。
行きと同様に僕とケネスさんや後衛職の人間はなるべく輪の中心で横になり、いくつもの焚火が焚かれての警戒態勢。
ただ行きの段階で目についた魔物はなるべく倒してきたし、土蜘蛛の群れ等も殲滅したので、帰り道はほとんど魔物に遭遇することもなく、のんびりと観光気分だったりする。
あまり美味しくない食事を終えた僕は、何故か横目でチラチラと窺ってくるケネスさんから少し距離を取り、早々に眠りについた。
「交代の時間っすよ」
カシムさんから肩を揺り起こされ、寝ぼけたままで《気配察知》を起動して焚火の前に座り込む。
手の平で瞼を擦り、水袋を傾けて喉を潤すと、少しずつ目が覚めてきた。
改めて今思い返してみても長い3日間だった。
初めての冒険者ギルドからの強制依頼である土蜘蛛の殲滅作戦。
僕の役目は100匹程度と戦うけれど比較的安全な後衛役……だったはずなのに、蓋を開けてみれば大量の土蜘蛛との眠る暇もない継続戦闘。
そしてBランクの魔物、女郎蜘蛛を含めてのAランク相当の戦闘。
僕ってよく生き残れたよな。
魔法使いとして後衛職についていたのが決め手だったと思う。
近接戦闘のお手伝いはしたが、土蜘蛛はまだしも女郎蜘蛛の相手は到底無理だったし。
やっと街に帰れるんだ。
あっ……街に帰ったらギルドに報告するんだよな。
マリーになんて説明しよう。
話す内容を頭の中で組み立ててみるが、どんなに都合よく話そうとしてもケネスさんが代表して説明するだろうし、ギルド職員が同行している。
誤魔化すのは無理だと諦めるしかないか。
とりあえずあとで、ケネスさんと職員さんには一声かけておこう。
僕はあまり危険な場所にはいなかったと。
前衛に守られつつ、後ろで震えながら魔法を撃っていただけだと言ってもらえないかなぁ。
なんて考えていたら、背後から誰かが歩いてくる気配を感じた。
焚火を挟んで正面に座っていたカシムさんが反応して視線を上げたが、すぐに警戒を解いたようだ。
だとすれば危険な相手ではないはず。
誰かがケネスさんにでも用事なのかな?
僕も振り向くことはせず、そのまま薪が燃えるのをぼんやりと見つめていた。
すると何故かその人物は僕の隣に腰をおろしてきた。
他のメンバーで僕に用があるとなるとランカか?
まさかこの暗闇の中、模擬戦のお誘いとか?
横目で窺うと、薄暗い中炎に照らされる横顔は、僕の予想を裏切るトイトットさんだった。
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