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女神様の美容師  作者: 獅子花
美容師 異世界に行く
141/321

141.美容師~女郎蜘蛛を討伐する

 

「トイトット君、今です。全力で行きますよ! 私に合わせて下さい」


 ここが正念場だと決めたのか、杖を構えたケネスさんが魔言を紡ぐ。

 慌てて駆け寄ってきたトイトットさんも、遅れて魔言を紡ぎ始めた。


 時間を稼ぐ為にか、カシムさんとランカが女郎蜘蛛に追撃を加える。

 傷ついたお腹を隠そうと女郎蜘蛛が動くが、カシムさんとランカにハスラさんとタイムさんが加わり、足を攻撃するので思うように移動が出来ないでいる。

 僕達人間による文字通りの総攻撃だ。


「撃ちます!」


 ケネスさんの魔法が完成したと同時に、


「行けます!」


 トイトットさんが続けて宣言する。


「「フレイムランス!」」


 2人の杖の先から炎の槍が発射され、ズタボロの女郎蜘蛛のお腹に突きささる。

 その数は7。

 ケネスさんが5本、トイトットさんが2本。

 数と勢いは魔法に対する熟練の差だろう。


 体毛に覆われた皮膚に比べ柔らかいお腹、しかもシドさんが幾度も突き刺し、ランドールさんが切り拡げたので、炎の槍は体内部にまで簡単に侵入し、内臓ごと焼きつくしている。

 

 女郎蜘蛛の叫び声はすでに断末魔に近い。

 大きく体勢を崩した女郎蜘蛛に、これ幸いとシドさんとランドールさんが追撃を加えに走り寄る。


「奥義――疾風五連突き!」


「奥義――縦断切り! からのー、奥義――大切断!」


 またもや2人の必殺技が炸裂する。

 シドさんの奥義は必殺技っぽいんだけど、ランドールさんの奥義は……ただの切り上げと振り降ろしに見えてしまう。

 

 まぁ言ってみれば、シドさんの奥義も高速で槍を突いているだけなんだけど……これも人間性による偏った見方なのだろうか。


 後でカシムさんに聞いてみよう。

 本当にあんな奥義が存在するのかどうか。


 奥義と呼べるかどうか、それはさて置き、ランドールさんの攻撃が致命傷になったのか、女郎蜘蛛の腹は完全に裂けて内臓を抑えきれなくなり、その場に倒れ込んでしまった。


 まだ息はしているし動きもするが、もはや逃げ出す事もできないだろう。

 振り降ろす足爪にかつての勢いはなく、ランカにすら槍で弾き返されている。


 終わったかな。

 ケネスさんを見ると構えていた杖を下ろし、その先を地面についてもたれかかるように脱力していた。

 

 トイトットさんは座り込んでしまっていて、クミンさんとシンダルさんに腕を引かれていち早く安全な場所に離脱していた。


 完全に女郎蜘蛛が息を止めるまで攻撃を続けていた前衛4人組みが順番にケネスさんの元へ戻ってきた。

 一番最後がランカだったのは、お気に入りの槍が面白武器になってしまった腹いせが混じっているのだろう。


「あたしの槍の敵だ!」


 何度かこんな叫びが聞こえてきたので。



 体力的にも精神的にも長く感じた戦闘を終え、皆が地面に座り込んでぼんやりと周りを見渡していた。

 天井や壁際付近の『トーチ』に照らされたこの場所には、生きている僕達と大量の土蜘蛛の死体。

 そしてとびきり大きな女郎蜘蛛の死体。

 

 視覚で感じるぶつ切りにされた土蜘蛛の残骸以外では、魔物の焼け焦げた匂いと流れ出した血の匂いで満ちている。

 グロ耐性の無い一般人が見れば発狂してもおかしくないレベルの血みどろだ。


 僕からしてみれば、その血が青いのでまだましかもしれない。

 現実感がないし、敵対している魔物だという線引きがしやすいからだ。


 それでも普段は戦闘職ではないギルド職員には刺激が強すぎるのだろう。

 何度か口元を押さえて壁際に走り、液体の飛び散る音が聴こえている。


 誰か一人くらい背中を優しく擦ってやるべきなのだろうが、皆が疲れきっているので立ち上がる者はいない。

 シドさんやカシムさんが目で追いかけて、危険がないことだけを確かめているくらいだ。


 それ以外の人の目は、女郎蜘蛛の死体に釘付けになっていた。

 僕だってついつい目で確かめてしまう。


 急に動き出したらどうしよう。

 そんな怖れと共に、よく倒せたなと。


 ランクで言えばBランク。

 大量の土蜘蛛を伴っていたのでAランクの魔物。


 唯一のCランク冒険者である『狼の遠吠え』からしても格上の相手だし、Dランクの『千の槍』、Eランクの『炎の杯』からしてみれば、出会った瞬間に生を諦めるような相手。

 よく生き残れたものだ。


 女郎蜘蛛の攻撃をほぼ一人きりで捌き切ったシドさん、最大の致命傷を与えたランドールさん、火属性魔法で内部からダメージを与えたケネスさんとトイトットさん、土蜘蛛の相手をしていたカシムさんやランカ、ハスラさんやタイムさん、シンダルさんにクミンさんも……この場の誰か一人が欠けていても無理だっただろう。


 本心からそう思う。

 危なかった。

 ギリギリの戦いだった。


 戦闘時の興奮から冷めた今だからこそ、恐怖で体が冷たくなってきた。

 ガタガタと体に震えが走り、指が上手く動かない。


 見下ろせば左手には短剣、右手にはまだシザー7を握りしめたままだ。

 左手の短剣を地面に置いて、強張った右手からシザー7を放した。


 一度大きく刃を開き、傷や刃こぼれがないことを軽く確認し、シザーケースにしまう。

 またこいつに助けられたな。

 あとこいつにも。


 シザーケースに嵌めこまれた青い石に手の平をあて、ポンポンとニ度叩いた。


「助けてくれてありがとうな」


 そう呟きながら。




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