135.美容師~女郎蜘蛛を抑える
何度か投擲と水の刃の修正を繰り返し、戦場を右へ左へと移動する。
さすがに土蜘蛛の数も減ってきた。
補充が尽きたのか新たな敵がフロアー内に入ってくることはなく、あとはこの場にいるだけと見た。
それでもまだ50匹くらいはいるだろう。
ケネスさんとトイトットさんは残りMPを温存しつつ魔法を撃っている為、決定的な一打は少なく前衛集団の牽制に徹している。
ランドールさんとシドさんは格上の魔物と相対しているので、彼らと言えども怪我は多そうだ。
ランドールさんは額から流れ落ちる血を邪魔そうに時折腕で拭っているし、シドさんは左腕に結構な負傷をしているのだろう。
右手1本で槍を振るい、左手はブラリと力なく垂れ下っている。
カシムさんとランカも疲れが溜まっているので、互いに連携しつつ戦っているが押され気味だ。
クミンさんは矢が尽きたのか、シンダルさんと共に短剣を片手にケネスさん達の護衛。
タイムさんとハスラさんは群れの右側で頑張っているが、重量のある斧を振るい続けているタイムさんの消耗が激しく肩で息をしている。
ノートを取り出しMPを確認。
残りは8か。
ほんといい加減に経験値を寄こして欲しい。
いったい何匹の土蜘蛛を倒したと思っているんだ。
絶対にレベルアップするはずなのに。
1本しかないMP回復薬を飲むタイミングをなるべく遅らせようとしていたが、そろそろ飲むしかないのか。
これ以上ケチって戦闘中なのに体に異常が出たら……最悪のケースだって考えられる。
握りしめた水の刃を修復し、残りは6になった。
ここで使うとしよう。
瓶の栓を外して飲み干すと、ノートの数字が増えていき30で止まった。
さて、ここからどう動くべきか。
土蜘蛛をもう少し減らしてもいいし、ランドールさんとシドさんの援護を集中的に行うのも有りだろう。
まずはシドさんの腕をどうにかするのが先決か。
中級回復薬を飲めば治りきるのかどうかはわからないが、現時点だと後ろに下がってそれを試す余裕がない。
ランドールさん一人では女郎蜘蛛の相手をしきれないとの判断だと思う。
ただシドさんの代わりに僕で務まりきるのかというと、それはそれで疑問だ。
一撃喰らえば簡単に致命傷になる自信がある。
だとしたら……離れたところから女郎蜘蛛の動きを止められればいいのだが。
ケネスさんの協力が得られないものかと窺うが、飛んでくる土蜘蛛の糸を燃やすのに精いっぱいの様子。
MPが尽きつつあるトイトットさんの分まで一人でこなしているので、助力を得るのは難しそうだ。
『アクアウォール』ではあの巨体を押しとどめるのはキツイだろう。
水の壁の向こうから見えない攻撃がきたら、逆に避けづらいかもしれない。
ならば『アクアウェーブ』ではどうか?
MPの消費量は大きくなるが、多めにMPを込めれば10秒~15秒程度は持ちこたえられるかもしれない。
とりあえずそれしかないか。
やってみよう。
「ランドールさん、シドさん! 魔法で動きを止めますので合図をしたら左右に避けて回復を!
ただどのくらい持つかはわかりませんので、各自の判断で動いて下さい。いいですかー?」
声を張り上げるとこちらを見る余裕もないのか、擦れた声で「やれ!」とだけ指示が来た。
なので、遠慮なくやらせて貰う。
まずはこの手の物が邪魔なので投げつけるとしよう。
魔法に集中するのに忙しく、とても維持していられないと思う。
「投擲、行きますー!」
右手で振りかぶり、刃を地面と垂直にして投げつけた。
これで真っ二つになれば簡単なのだが、さすがに単体でBランクの魔物。
ランドールさんとシドさんの中間辺りを狙った水の刃は、足の爪で弾かれて水の飛沫となり消えてしまった。
ダメージ自体は稼げなかったが、その隙にシドさんが態勢を立て直してこちらを見て頷いた。
続けろ、ということなのだろう。
勝手に解釈し、魔言を紡ぐ。
練習では2度、本番ではまだ使ったことがないので少し緊張する。
ランドールさん達を巻きこまないように注意しながら、イメージを固めていく。
『大気に宿るマナよ、我が呼び声に答え、流水となりて押し流せ。アクアウェーブ』
何もない空間から生まれた大量の水が、女郎蜘蛛を押し流そうと激流になって押し寄せていく。
ランドールさんとシドさんはタイミングよく斜め後ろに飛び退って回避してくれた。
ケネスさんの『フレイムウェーブ』とは異なり派手さはないが、その分質量をともなっているので、女郎蜘蛛も足を取られて流されないように踏ん張っているのか動きが止まった。
周りに侍っていた土蜘蛛数匹は、水に呑まれて流されていき壁際で耐えていたが、最後には足が折れて行動不能になったようだ。
これで自然と女郎蜘蛛が1匹孤立したことになる。
ランドールさんとシドさんは腰のポーチから回復薬を取り出して飲み干し、水袋を逆さにして頭から盛大に被っていた。
垂れてきた水を髪の毛ごと後ろにかき上げ、犬のように頭を振っている。
2人の動きがまったく同じで少し面白い。
双子のようにシンクロしているのだ。
ランドールさんは額から流れる血が止まり、
「これで前が見やすくなった」
と感謝され、
「片手で槍を扱うのはできるが、力が入りきらんので弾かれて困っていたから助かった」
シドさんには獰猛な笑顔で礼を言われた。
2人の言葉に返事をしつつ、ノートを確認。
げっ、ごっそりとMPが減っている。
残り15しかないし。
レベルアップ以外にMP総量を増やす手段はないものか。
すぐにMPが枯渇する魔法職なんて使い物にならないし、これなら剣士と名乗った方がいいかもしれない。
苦笑交じりにノートをしまい、周りを見渡した。
いつも読んでいただきありがとうございます。




