132.美容師~それぞれの鼓舞に感動する
「ケネスさん、MP回復薬を1本貰えませんか? 僕は手持ちが1本しかないので」
「ああ、どうぞどうぞ。私はもう8本は飲んでいるので、飲んでもあまり回復しないんですよね。気にせずソーヤ君が使って下さい。
トイトット君も遠慮しないで受け取って下さいね。ここからは総力戦になりますから、MPを温存しつつ全力で行きますよ」
温存しつつ全力とは、また難しい要求だ。
でもそれができなければここで死ぬだけのこと。
気を引き締め直して、MP回復薬を飲み干した。
ノートを確認すると、全快の30まで回復している。
「ケネスさん、MP回復薬って飲み過ぎると回復しなくなるんですか?」
「そうですよ。この初級回復薬ですと固定で20くらい回復するのですが、MPの総量が高い人だと総量の20%回復することがあるんです。
ただ5本を超えたあたりから少しずつ下がり始めるので、今の私が飲んでも20しか回復しないんですよ」
ということは、ケネスさんのMP総量は最低でも100以上ということか。
200なら20%で40回復か。
総量が多いほどお得ということか。
総量が30しかない僕ならば、最低の20回復するので十分と言える。
「というわけで、皆さん私の指示に従って下さい。職員殿は私とトイトット君から離れないで下さいね。
ランドールとシドは女郎蜘蛛の相手をお願いします。見た目は土蜘蛛と同じですが、全ての能力が段違いだと肝に銘じて下さい。
攻撃手段としては爪と噛みつき、口からの毒液、後は土属性の魔法を使うはずです。
糸も飛ばしますが絶対に触れないように避けて下さい。土蜘蛛の飛ばす糸より粘着が桁違いに上です。絡まれたら自力で逃げ出す事は不可能ですし、私の魔法で燃やすとしても手加減したものでは焼き切れません。
無理に倒す事は考えずに、あの通路から逃げることを目標にしましょう。この巨体ですから穴に逃げ込んでしまえばそうそう追いかけてくることはできないはずです。
さぁ、行きますよ。トイトット君は土蜘蛛達の飛ばす糸を魔法で迎撃して下さい。
ランカさんとカシムはランドール達の援護で、タイムさんはシンダルさんとクミンさんと共に私達を護衛しつつ、寄ってくる土蜘蛛を倒して下さい。ハスラさんは遊撃で、ある程度自由に動いて下さい。
最後にソーヤ君……無理に誘ってしまい申し訳ありませんでした。受付の女性の言うとおり、前線に出てくるべきではありませんでしたね。
『狼の遠吠え』の名にかけて、なんとかあなただけは生かして帰してみせますから、ギルドへの報告は頼みましたよ」
「ケネスさん……僕がここに来たのは自分の意志です。だからそんな気の使い方はやめて下さい。
僕だけ逃げるつもりはありませんよ。ここにいる誰一人かけることなく、全員で生きて帰りましょう。
その時は、吐くまでお酒を飲みましょう。もちろん付き合ってくれますよね?」
冗談めかして告げた言葉に、ケネスさんが相好を崩した。
「あはは、そこまで言われたら吐くまで付き合うしかないですね。
わかりました。では一緒に酒場の酒を飲み尽くすとしますか。どうせ吐くなら少しくらいお腹の中の水分が増えても変わりませんよね」
そう言って、MP回復薬を一気に飲み干す。
ここで「げふっ」と言わなければとてもかっこよかったのだが……いい雰囲気が台無しだ。
同じようにケネスさんも思ったのか、恥ずかしそうに口元を手の甲で拭い、
「行きますよ! 敵はAランクの女郎蜘蛛。相手にとって不足はありません。
狼は自分よりも強い相手だからといって、仲間を見捨てて逃げたりしない! 力を出し切り吠えなさい! 命をかけて戦うのです!」
「その通り!」
「当然っす!」
ケネスさんの言葉に、ランドールさんとカシムさんが同意する。
「俺達の槍は今は3本しかない、ならば『千の槍』になるまでそれを振るうだけ。
仲間を守る為ならば、不可能さえ可能にするだけのこと。突け! 払え! 切り裂け! 敵には千の槍に見えるよう!」
「あいよ!」
「ああ!」
2人が槍を突きあげる。
ランカと……あれっ、もう一人?
ハスラさんか?
そういえばいたよな。
影が薄くて気が付かなかった?
よくよく思い出してみれば、ずっとシドさんのそばで戦っていたような気が。
シドさんが目立ちすぎて、視界に入っていたのに気が付かなかったのか。
それよりもかわいそうなのがタイムさん。
「俺、斧なんだけど一緒にやったほうがいいのかな? 槍に武器を変えてくればよかったかな……」
なんて中途半端に斧を掲げた状態で固まっている。
強いしいい人なんだけど、つくづく不憫だ。
僕と目が合うと、恥ずかしそうに手に持った斧を背中に隠してしまった。
それにしても、どのパーティーにもオリジナルの鼓舞があるのだろうか。
見ていて聞いていて、確かにかっこいいし気合いが入りそうだ。
だとしたら残る1パーティーにもあるのだろうか?
パーティーリーダーが音頭を取るのだとしたら彼か。
期待して視線をトイトットさんに向ける。
お読みいただきありがとうございます。




