127.美容師~罠に嵌められる
《回転》で土蜘蛛の攻撃を弾くと同時にもう片方の短剣で足の関節部分を狙う。
それほどランクの高い武器ではないので切り裂くことは難しいが、相手の力を利用すれば押し切ることはできそうだ。
こちらから攻めると言うよりも、カウンター気味にダメージを稼がせて貰おう。
カシムさんとランカは槍で切り払い、隙をついては鋭く突いて目や柔らかなお腹付近を攻撃している。
そして僕が2匹以上から攻撃を受けそうになると、どちらかが槍を伸ばして1匹を相手してくれるので、常に1対1で戦えてとても助かるし、ケネスさんとトイトットさんが後方から魔法で援護射撃をくれるので、土蜘蛛が怯んだ隙にすばやく近づき、何度かお腹付近を切り裂くことが出来た。
穴の一番近くではランドールさんとシドさんが好き勝手に暴れまわり大量の屍の山を築いている。
その少し後ろで僕とランカとカシムさんが絶えず動き回って撹乱し、その後ろにはタイムさんとシンダルさんが撃ち漏らした土蜘蛛を何匹か倒していた。
ギルド職員は戦闘に巻き込まれないようにクミンさんの横にいるし、今のところ、誰も怪我はしていないようだ。
小さな切り傷くらいはあるかもしれないが、このまま戦いを続ければ殲滅も難しくないだろう。
そう思いかけていると、ケネスさんの叫び声が聞こえた。
「カシム! 後ろからも土蜘蛛が来ています!
そちらはランドール達に任せて、私達を中心に囲むように配置を変えて下さい!」
いつのまにか背後に土蜘蛛の姿があった。
その数は10を超えていて、さっきまでの楽勝ムードがなくなりランカの顔にさえ緊張が走った。
「ランカっち、ソーヤっち、俺っち達は後ろに回るっす」
カシムさんが槍を手に駆け抜けていき、ケネスさん達の前に立ち塞がる。
「これはちょっとまずいかもね」
遅れて駆け出したランカも小さく呟いた。
ケネスさんが『トーチ』を増やして四方の天井付近に撃ちあげた。
さっきまで壁だった何箇所かが壊れていて、そこから土蜘蛛が這い出している。
「これは……すっかり罠に嵌められましたね。殲滅させられるのは私達の方かもしれません」
ケネスさんからつい弱気な発言が出るが、ランドールさんが笑い飛ばした。
「大丈夫だ! 俺がいればこんな魔物の群れなんて怖くないぞ! なぁ、シド?」
「ああ、お前達は怪我がないように無理せず戦っていろ! すぐにこっちを片づけて全部倒してやるさ!」
2人の頼もしい言葉にランカとカシムさんの顔に笑顔が浮かぶ。
そしてその空気はケネスさんや顔を青くしていた『炎の杯』にも移っていく。
「そうですね。ついつい弱気になってしまってすみませんでした。とりあえず円になって固まりましょう。
職員殿は一番中心へ、次に私とトイトットくん、クミン君とソーヤ君、その周りをシンダル君とランカさん達でなるべく中心に土蜘蛛を近づけないようにお願いします。タイムは危なそうならところを遊撃でお願いします。」
ギルド職員を取り囲むようにそれぞれが移動し、ケネスさんのそばに行こうとした僕は誰かに腕を引っ張られて態勢を崩した。
「ソーヤ、どこにいくんだよ。あんたはあたし達と一緒に前衛だろ? それとも、こんな数の魔物に囲まれたら怖くて戦えないのかい?」
挑発するようにランカに言われて正直困ってしまう。
僕の本来の役目はケネスさんの護衛なのだが。
「ソーヤっち、もし前で戦えるようならお願いしたいっす。ちょっと数が多すぎてさばききれない可能性があるのでさっきみたいにフォローはするから頼めないっすか? もちろん、無理だと思ったらすぐに後ろに下がってくれてかまわないっす」
カシムさんに頼まれては嫌とは言いづらい。
ケネスさんに一言断り、再び近接戦闘の仲間入りに。
一応僕は魔法職で後衛組と呼ばれる部類なのだが。
「そうこなくっちゃな、ソーヤ」
近づいてくる土蜘蛛の群れに目を走らせ、ランカが嬉しそうに笑う。
戦うことが楽しくて仕方がなく、それを人にまで求める。
初めて会った女性冒険者は、どうやら『脳筋』と呼ばれる部類のようだ。
「じゃあ、行くぞ! ソーヤ、付いてきな!」
背中で揺れる長く纏められた髪の毛が遅れて体についていくのに見とれつつも、慌てて後を追いかけた。
カシムさんは槍を両手で大きく旋回させ、土蜘蛛に距離を取らせる作戦のようだ。
ランカも同じようにして土蜘蛛を後退させ、近づいてくる奴を1匹ずつしとめていく。
僕はというと、2人の中間辺りに立ち位置を決め、アクアバレットで牽制しつつ襲いかかってくる土蜘蛛の足をとにかく弾く。
隣には少し離れてシンダルさんがいて、長剣で土蜘蛛の攻撃を切り払ったり受け流したりしているが苦戦気味。
見かねたクミンさんが後ろから弓で攻撃し始めたので、まぁ大丈夫だろう。
とりあえず今は、人の事より自分のことだ。
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