124.美容師~議論を見守る
こちら側の穴からは9匹、シドさん側の穴からは10匹で合計19匹との連続戦闘だった。
穴の中の熱が冷めたのを見計らってカシムさんとギルドの斥候職の人間がそれぞれ中を偵
察に行くと、どちらも20~30メートル程、土蜘蛛の焼け焦げた死体の欠片が足元に散乱していたとのこと。
魔法の被害を受けずに穴から出てきた土蜘蛛達に踏みつぶされて正確な数がわからないが、おおよそ合計で50匹以上はいたのではないかと推測された。
今のところ新たな土蜘蛛があらわれる気配がないので、休息がてら作戦会議をおこなっている。
議題としては、このままここにいる3パーティーで探索および殲滅を行うべきか否かだ。
というのは予想よりも土蜘蛛の数が多そうなので、外にいるパーティーを呼びに行く、もしくは今回は一旦様子見としてニムルの街に戻り、人数を増やして再びここに来る。
つまり、戦術的撤退を行うかどうかということ。
これについてはシドさん達『千の槍』は反対、『炎の杯』は賛成、僕達『狼の遠吠え』はというと、ランドールさんは反対、カシムさんは賛成、議長を務めるケネスさんは中立なので、この場の意見は真っ二つに割れてしまっているわけ。
困り顔のケネスさんは黙って皆の意見を聞き、ギルドからの斥候役である職員と小声で相談を始めた。
あくまでも今回の討伐は冒険者ギルドからの緊急依頼なので、ギルド職員の意見を聞く必要があるのだ。
ただギルド職員としても、その決定によっては皆の命を激的に危険に晒す事になる為その重圧は相当なもので、距離を取った場所で冒険者の代表であるケネスさんと相談を重ねている。
「あちらで相談しましょうか」
と腕を取られたギルド職員の顔にはあからさまな安堵が浮かんでいて、ケネスさんの気づかいに感謝しているようだった。
無理もない、シドさんとランドールさんからは続行だ! と食い入るように見つめられ、トイトットさんやカシムさんからは撤退しろ! と無言の圧力を加えられていたのだからかわいそうにもなる。
僕達は4つの洞穴を警戒しつつも、2人の会話が終わるのを待っていた。
一般的に合同パーティーで依頼を受けて意見が揉めた際の最終判断は各パーティーに委ねられる。
つまり、決定したことが嫌ならばパーティーごとに行動する。
別れて行動するということだ。
普段はそれですむ。
許されるのだが、今回のような緊急依頼に関しては簡単にはそれが許されない。
許されないというよりも、やってしまえばできるのだが冒険者ギルドからの印象がかなり悪くなる。
協調性がないとみなされるのだ。
それはギルドランクの査定に響くし、その行動によって被害が出ればランクの降格もありえる。
なので皆がケネスさんと職員の話し合いに耳を澄ませている。
聞き耳を立てているのだが……どうやら結論が出たようだ。
ケネスさんと職員が戻ってきた。
「冒険者ギルドとしては、このまま探索を進めて欲しいと考えます。けれどそれは無理のない範囲で、と付け加えますが」
「ケネス、つまりどういうことっすか?」
いまいち意味がわかりづらい。
なので皆を代表して、カシムさんが聞いてくれた。
「言葉の通りですよ。このまま探索と討伐を続けます。
しかし無理だと判断したら撤退し、殲滅は中止。街に戻って数を増やしてもう一度、ということです」
「無理だと判断するのは誰の役目だ?」
シドさんが聞いた。
確かに気になるのはそこだ。
「それを判断するのは、私に任せてもらうことになりました。判断の基準としては、この中の一人でも大きな怪我をした段階で撤退をしようと考えています」
「その怪我の基準はなんですか?」
トイトットさんが手を上げて尋ねた。
「中級回復薬を用いても回復しきれないくらいの怪我ですかね。
幸い、各パーティーで初級回復薬等はかなり多めに持ってきているようですが、中級回復薬となると精々2~3本ですよね?」
「あたしのところは2本だな」
「わたしのところは1本です」
ランカとトイトットさんが代表して答えた。
「私のところは2本です。
まだそれを使用するレベルの怪我は出ていませんが、中級回復薬を使用し、かつそれでも回復しきれない程の怪我人が出た場合は速やかに撤退します。
怪我人を抱えたまま洞窟内で大量の魔物に襲われたら、下手すればこちらが殲滅される可能性がありますからね。異論はありますか?」
「ないな」
「ありません」
シドさんとトイトットさんはケネスさんの決定に従うようだ。
それを見て、ギルド職員もほっとしている。
そうと決まればあの人が騒ぎだす。
「よし! なら進もう! 俺はどの道を行けばいい!」
ランドールさんだ。
大剣を肩に担ぎ、早く動こうとケネスさんを急かす。
シドさんやランカも武器を片手に動き出した。
とは言っても、やはりケネスさんの指示を待つくらいの常識はある。
ランドールさんは待ち切れずに目の前の洞穴に入ろうとし、カシムさんに慌てて止められているが。
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