120.美容師~大量の魔物と戦闘に入る
穴の奥からはキチキチと気持ちの悪い音が聴こえ、それが少しずつ近づいてきていた。
中に駆け出そうとするランドールさんをカシムさんが槍で制し、僕とケネスさんの前で2人が横並びになって待ち構える体制をとる。
向こうも、シドさんとランカ、すぐ後ろの真ん中付近にハスラさん。
その後ろにトイトットさんとクミンさん、左右にシンダルさんとタイムさんという布陣。
これがこの場での最適な配置なのだろう。
「トイトット君、『トーチ』を通路の奥に飛ばして下さい!」
2人が『トーチ』の魔言を唱えて、洞穴の奥に向かわせた。
すると、いるわいるわ……土蜘蛛が列をなして数え切れないほどの大量の足がこちら目指して進んでくる。
「うげぇー、気持ちわる」
ランカの呟きには素直に同調できる。
ケネスさんは目を細めて嫌そうにしているし、トイトットさんに限っては口元を手で押さえて今にもリバースしそうな様子。
僕はというと……まぁ、直視はしたくない。
思わず目をそらしてしまう。
それに比べてランドールさんとシドさんは流石というべきか、目に闘志を燃やして今にも突っ込んでいきそうだ。
カシムさんとランカが必死に体を使って抑えている。
「トイトット君、ここから出てくる前に魔法でできるだけ数を減らしますよ。魔力の残量はどうですか?」
「たぶん8割くらいかと。『フレイムウェーブ』2発くらいなら大丈夫です」
「十分です。では準備を! ランドール! シド! 一発かましますので、合図をしたら横にどいて下さい!」
ケネスさんが目を閉じて集中を始めた。
すばやく口を動かして魔言を紡いでいく。
「ほらっ、ケネスの魔法が来るっすよ! 早くこっちにずれるっす!」
カシムさんがランドールさんの巨体に両腕を回して、引きずるように移動させる。
もはや武器は地面に放り投げてあった。
カシムさん、御苦労さまです。
心の中で呟いておく。
「シド! あんたもそんな所に突っ立ってたら邪魔だって! あー、待って待って! 今すぐどかすから!」
ランカもシドを引きずるのに必死のようだ。
魔言を紡ぎながら杖の先を向けてくるトイトットさんに片手で待つように頼み、それを見かねたハスラさんがため息交じりに手伝っている。
「行きますよ!」
「行きます!」
ケネスさんとトイトットさんの杖の先に魔素が集まり、小さな炎が大きさを増していく。
そして、2人の声が揃った。
『『フレイムウェーブ!!』』
炎の本流が穴の中に流れ込んでいき、「イギィー!」と耳を塞ぎたくなるような音が聞こえてくる。
「トイトット君、30秒後にもう一発!」
言うが早いか、ケネスさんはすでに魔言を紡ぎ始める。
返事をする時間すら惜しいのだろう。
トイトットさんも荒い息を吐きながらも口を動かし始めた。
『フレイムウェーブ!』
先にケネスさんの魔法が完成し、消えかけていた炎の中に新たな赤色が流れ込んでいった。
トイトットさんの方も遅れて魔法を放つが、さっきよりも勢いがなさそうだ。
だがそれでも魔物のうめき声が聞こえるので、かなりのダメージは与えているのだろう。
フレイムウェーブ2発はいけると言ってはいたが、高威力の維持は難しかったようだ。
この辺りが、C級とE級魔法使いの違いなのかもしれない。
「私とトイトット君はしばらく魔力の回復に努めますので、あとは前衛陣にお任せしますよ!
だいぶ数は減らせたと思いますので、後ろに通すようなへたれた行動は見せないで下さいね」
地面についた杖に疲れた様にもたれかかり、ケネスさんが挑発するように檄を飛ばした。
「おう! あとは任せろ!」
僕達『狼の遠吠え』が受け持った穴の奥は真っ赤に燃えていて、何かが動いている音とギチギチと魔物のひしめき合う音が聞こえる。
そしてなによりも熱気が凄い。
この勢いの炎ならば大量にいた魔物達も全滅したのではないか。
そう思えてしまう程に。
ただ、現実はそこまで甘くはなかった。
少しずつ炎が消えていき誰もが固唾を飲んで見守っていると、シドさんの叫び声が響いた。
「来るぞ! 気を抜くな!」
ケネスさんよりも魔法の威力が低かった分、影響が消え去るのが早かったのだろう。
数歩後ろに下がったシドさんに、真っ黒な足が振り下ろされた。
それをシドさんは槍でなぎ払い、体を現した土蜘蛛にランカが槍を突き入れた。
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