118.美容師~Dランク冒険者と模擬戦をする
ランドールさんとカシムさんは掠り傷程度。
相手の攻撃は避けるか防具で弾く等していたようなので、回復薬を使う程ではない。
ハスラさんは同じく無傷だが、ランカさんが積極的に相手の攻撃を捌く役を引き受けていたので、右の手首と左足に爪を喰らってしまい、回復薬をかけ安静にするようシドさんに言いつけられていた。
あの長い髪の毛が無事でよかった。
体の傷は回復薬で治るが、髪の毛はそうではないしな。
本人はそれ程痛みもなさそうで、地面に座り暇そうにしているので、近づいて話しかけてみることに。
「ランカさん、お水は足りていますか? 良ければ出しますけど」
「ああ、大丈夫だよ。水はまだたくさんあるし、あんたも魔力はできるだけ温存しておいた方がいい。
あたしの勘だけど、この先も戦闘は続くと思うし、もしかしたら今日一日では終わらないかもしれないしね」
ニヒルな笑みを浮かべて、隣に座るようにと地面を叩いてくる。
「お隣、失礼しますね」
誘われたので腰を下ろすと、まじまじと見つめられた。
「ずいぶん丁寧な言葉遣いだけど、あんた歳はいくつなんだい?」
「僕ですか? 27歳ですが」
「なんだい、年上か。なら敬語の必要なんてないよ。名前だってランカって呼び捨てでいいし」
「ランカさんはおいくつなんですか?」
「あたしかい? 26歳だよ。さんづけはいらない。同じ冒険者同士なんだし呼び捨てにしてくれ。そんなに丁寧に対応されると、逆にこっちが気を使う」
余りにも強く言われたので、ここは相手の要望通りにしよう。
「ランカはどうして冒険者になったんですか? 女性の冒険者って珍しいような」
「そうかい? ここら辺では少ないかもしれないが、王都の方に行くと結構いるよ。
あたしは親父とお袋が冒険者だったからね。子供の頃から遊びがてらに剣や槍を振りまわしていたら両親がおもしろがってさ。
気が付いたら冒険者の真似ごとをしていて、どうせなら冒険者登録して真剣にやってみようってことになって今に至るってわけさ」
「そうなんですか。だとすると経験も長いんですか?」
「16歳から始めたから、ちょうど10年目ってとこだね。いろいろあったけど、今のパーティーは好きだし、シドも良くしてくれるし満足しているよ」
回復した右手を開いて握って、足首をグネグネと動かして痛みがないことを確認すると、
「よしっ」
と呟いて立ちあがった。
「ソーヤだっけ? あんた魔法使いだけど戦士でもあるんだろ? ちょっと手合わせしてくれないか? なーに、ちゃんと回復してるか確かめたいだけだから、本気で撃ちこんだりはしないからさ」
片手で槍をくるくると回し、少し離れた所で立ち止ると、ぴたっと槍の先を向けてくる。
「手加減はしてくださいよね」
断れる雰囲気ではなさそうなので、右手で短剣を抜いて半身になって構えた。
「いくよっ」
ランカは体の調子を確かめるようにその場で跳躍し、一息に飛び込んできたのでバックステップで斜め左後ろに距離を取った。
流石に刃を向けてくることはせず、石突き部分で突きを放ってきた。
はじめの内は胴体を狙ってくるので《観察》を使いつつ《脚力強化》で避けに徹していたが、1発も当らないことにいら立ってきたのか、ランカは足元に払いをしかけてきたり、顔を突くと見せかけて避けづらい腰を狙ってきたりとフェイントを混ぜてきたので、こっちも必死になるしかない。
僕よりランクが上のDランク冒険者ということで、彼女にも意地があるのだろう。
少しずつ槍を操るスピードが増していき、いつのまにか石突きから槍の刃が向かってくるようになったので、今では僕も左右に短剣を抜いている。
《観察》と《集中》で彼女の動きを先読みし、避けられないと判断したものは《回転》を使って弾く。
弾かれた穂先は三角錐の形をした刃なので、大きく弾かないと頬のすぐそばを掠めるように過ぎていき、風圧だけでも切り傷を負いそうだ。
「そこまでにするっすよ!」
カシムさんが止めてくれた時には、すでに僕とランカは息も絶え絶えというか、大きく肩で息をして思わず座り込んでしまう程に疲れきっていた。
「カシムさん、助かりました。もう少し止めてくれるのが遅かったら危なかったです」
「ソーヤっちが余りにも上手に避けるから、ついついどこまで頑張るか見てみたかったっすけど、依頼の途中で怪我をしても困るっすからね」
清潔な布を渡されて、流れ落ちる汗を拭いていると、シドさんに連れられたランカがやってきた。
「すまない。つい本気になってしまって」
謝罪の為に下げた後頭部をシドさんが槍の柄で叩いたので、ゴンッ! と鈍い音が響いて、ランカが地面に崩れ落ちた。
「まったく、おまえはこんな所に来てまで何をやっとるんだ。まだ依頼は始まったばかりだろう? しかも怪我をしたから回復の為に座っていろといっただろうが!」
追いうちの様にシドさんの雷が落ちた。
「だってさー、あんまりにもソーヤがあたしの槍を避けるもんだから、つい一撃くらい当てたくなっちまって」
「だからって仲間に刃を向ける奴があるか! この依頼が終わったら親父さんに報告するからな」
「えぇー、親父に告げ口するのは勘弁してくれよ。また怒られちまう」
「なら、お袋さんに言って注意してもらってもいいんだぞ?」
「……それだけはやめてくれ。親父に怒られる方が何倍もましだ」
顔を青くしたランカが、ものすごく嫌そうに顔をしかめた。
「ということで、ソーヤも悪かったな。しっかりとこいつの親に注意させるから許してやってくれ」
ランカに手を貸して立ちあがらせたかと思うと、またもや後頭部を槍で一発殴るシドさん。
「そんなにポンポン殴るなよ! 馬鹿になったらどうしてくれる!」
「殴られなきゃわからない脳筋なお前が悪い! お前の両親からも悪いことをしたら殴ってでも躾けてくれと頼まれているからな」
「ちぇーっ、勝手にそんなこと決めやがって。あー頭が痛い。回復薬をくれよ」
唇を尖らせてシドさんにランカが手を差し出すと、
「唾でも付けておけ」
冷たく言い放たれていた。
なんとも個性のある人達だ。
苦笑いしつつ2人のやり取りを眺めていると、
「ソーヤ」
不意にランカがこちらを見て名前を呼んだ。
「なんですか?」
「また暇を見つけてやろうな。今度はシドがいない時にこっそりと」
そう呟いたランカの後頭部は、先程よりも力強くしなった槍の柄が直撃していた。
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