116.美容師~土蜘蛛と戦闘になる
離れた場所でケネスさんに注意されていたトイトットさんが近づいてきて、不満気な顔全開で謝罪の言葉を述べた。
ケネスさんに言われて嫌々なのは丸わかりだが、左右に並ぶシンダルさんとクミンさんが本人の代わりに深く頭を下げているのが不憫で、謝罪を受け入れることにする。
シンダルさんに無理やりに頭を押さえつけられていたトイトットさんは、うっとおしそうにその手を払いのけ舌打ちしたが、ケネスさんに睨まれると借りてきた猫のように小さくなり、
「言い過ぎて悪かった」
ぼそぼそと呟いた。
パーティーメンバーに腕を捕まれ引きずられていったトイトットさんを見送っていると、
「それにしてもソーヤ君があんなに怒るなんて意外でしたね。よっぽど師事した魔導師の方に心酔しているのかな? もしくはとても美人で好きになってしまったとか?」
意地悪そうに笑いながら聞いてくるので、笑顔を浮かべて誤魔化しておく。
確かに師匠のことは尊敬しているし好きだ。
若い頃はかなりの美人さんだった片鱗もあるし、歳をとった今でも綺麗だと思う。
なるべく師事した人の情報を隠そうとしたせいで、恋愛感情を疑われているのだが、ここは素直に大分年上だと言うべきか……。
「まぁ、それにしてもトイトット君には困ったものですね。性根は悪くないように思えるけど、こんなにもソーヤ君を目の敵にするなんて想像していなかったですよ」
ケネスさんから話題を変えてくれたので今回はスルーしよう。
「僕もまさか、こんなにも嫌われるなんて思わなかったです」
「これに関しては私に責任があるし、時間を作ってきちんと言い含めておくから、ソーヤ君も余り気にしないでくださいね」
「はい、宜しくお願いします。あと、先程は止めて頂いて助かりました。一時の感情で大変なことをしてしまうところでした」
両手は体の横に置いて、90度近くまで頭を下げた。
「カシムが気づいてくれてよかったです。トイトット君はまったく気づいていなかったようですけどね。
魔法の腕は悪くないのですが、もう少し他も努力しないとDランクはまだしもCランクに上がるのは難しいでしょうね」
「やはりCランクの壁は大きいですか?」
「そうですね……実際にソーヤ君が戦っているところを見たわけではないので正確にはわかりませんが、ソロでCランクに行く付くのは相当に頑張らないと難しいと思いますよ。パーティーを組む予定などはないのですか?」
「予定がないというか、パーティーを組む仲間がいないというか」
僕の知り合いの冒険者は皆パーティーをすでに組んでいるし、その中に入りたいと思える程のパーティーもない。
ソロの人もいないことはないのだが、レベルのことや魔法について話すとなると、そこまで信頼できそうな人がいないのだ。
「もうしばらくはソロでやってみるつもりです。その時になったら相談にのってもらってもいいですか?」
「ええ、構いませんよ。いつでも声をかけて下さい」
特攻甲虫の魔核と素材の剥ぎ取りが終わり、探索が再開されるとその先の道は左右に分かれていた。
二手に別れて進むかケネスさんとシドさんが相談していたが、危険だということでとりあえずは全員で右の道を行くことに決まった。
10分程歩くとケネスさんが『トーチ』の魔法をかけ直し、トイトットさんも同じくかけ直す。
『トーチ』の制限時間は魔力を込める量によって決まるのだが、状況によって灯りを消す事がある為、一般的には魔力消費を抑える目的で1時間程度に設定するらしい。
その間、各自小休憩ということで水を飲み、水袋の中身が残り少ない人は僕の元へ来て補充していく。
僕の属性が水属性だと知ったケネスさんがなるべく荷物を減らすことを提案し、かわりに僕の魔法で水を確保することになった。
洞窟探索中に水を持ち歩くのは荷物になるし、戦闘時には邪魔になるので、この提案は3パーティーからかなり喜ばれた。
水を出せるだけで褒められるなんてちょっと恥ずかしいような気持ちだと言うと、パーティーのリーダーとして探索に必要な食料や飲み水の量を決めるのはとても気を使うらしく、洞窟で迷っても水の心配だけはしなくていいというのは、シドさんやケネスさんからしてみれば十分ありがたいことだと重ねてお礼を言わたりした。
問題の土蜘蛛との遭遇は、割と早く訪れた。
右側の道は行き止まりで、分岐点から戻り左側の道に足を踏み入れたとたん、カシムさんが声を張り上げたのだ。
「近くにいるっす! 数は……2、いや3匹。ランドール、前を頼むっす」
「任せろ!」
「トイトット君は私のそばに。ソーヤ君とシンダル君は私とトイトット君の護衛を頼みます。
シド! 後ろに2人残して前に2人下さい。仲間を呼ばれたらランドールとカシムだけではきついです!」
「おう、ハスラとランカは前に行ってケネスの指示に従って動け! タイムは俺と一緒に後ろの警戒を頼む」
それぞれがすばやく動いて陣形を組み直した。
「口から毒液を吐くから注意するっすよ! あと、粘着質の糸にも注意するっす!
体や武器に付いたら無理に剥がそうとせずに、ケネスに焼いて落としてもらといいっすよ。下手に触ると余計にくっつくんで」
ランドールさんに2匹、カシムさんは1匹の土蜘蛛を相手にしながら周りに助言する。
「カシムさん、あたしとハスラで1匹受け持つよ!」
「助かるっす。なら俺っちは右にずれるので左のヤツを頼むっす」
ランカさんが槍で牽制しながらカシムさんの左側に飛び込んだ。
ハスラさんと二人で左側にいた土蜘蛛をカシムさんから引き剥がすように位置を調節しながら攻撃を始めた。
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