115.美容師~火属性魔法の威力を知る
ユニーク三万越えました。
いつも読んでいただきありがとうございます。
「来た! やばいっす、よりによって特攻甲虫! みんな壁際に寄るっす!!」
カシムさんが怒鳴り、皆が一斉に壁に張り付いた。
暗闇から飛び出てきた黒い塊が5つ、風を切って通り抜けて行った。
洞窟等の暗くてジメジメした場所を好む虫型の魔物『特攻甲虫』だ。
単体だとEランク、群れだとDランクの魔物で体長は80センチ前後、コガネムシの様な形状をしていて風属性の魔法を使うのが特徴。
攻撃方法はとにかく風属性魔法で飛ぶスピードを増幅させ突っ込んでくる。
体を覆う甲殻は硬く、短剣程度では内側の肉までは届かないので剣や槍でも目や口等の柔らかい場所を狙うか、大剣や斧等で叩き切るしか倒す方法はないし、あのスピードで絶えず動きまわっているので攻撃を当てるのは一苦労だ。
トップスピードでは真っ直ぐしか飛べないので軌道を読みやすいのだが、自らに突っ込んでくるのを待ち構えるのは慣れないとかなりの恐怖を伴う。
一般的には魔法での攻撃が有効で特に火属性に弱いとされているので、魔法使いがパーティーにいればかなり安全に倒せるらしい。
事前に「もしかしたらいるかもしれない」とカシムさんに説明を受けていたので咄嗟に動けたが、初見でアレと遭遇したらパニックになる自信がある。
直撃を受ければ、鉄の盾を貫通することこそないが、衝撃で吹き飛ばされるとか。
今回は火属性の魔法使いが2人もいるので、彼らに任せることになったようだ。
ケネスさんがトイトットさんに指示を出し、再び戻ってきた所を魔法で攻撃する段取りを決めている。
「いいですか? タイミングを合わせて同時にいきますよ」
「はい、わかりました」
ケネスさんの言葉に目を輝かせて、トイトットさんが杖を握りしめた。
同じ属性の魔法使いであり、尊敬するケネスさんと共闘することが誇らしいのだろう。
一瞬だけ僕に視線を寄こし、嘲るように唇を歪ませて笑う。
通路の真ん中に立ち魔言を唱える2人の前にはランドールさんとカシムさん、シンダルさんとタイムさんが守るように立ち塞がる。
魔法で倒しきれなかった時には2人の壁となり、体を張って特攻甲虫を受け止めるなり弾くなりするようだ。
その際、僕とクミンさんは万が一に備え、ケネスさんとトイトットさんを横から飛びついて引きずり倒す役目だ。
『聴覚拡張』が風を切る音を拾って教えてくれた。
どうやら戻ってきみたいだ。
ケネスさんはランドールさんの肩越しに前方を睨み、小さく口を動かしている。
「来るっすよ!」
暗闇の中、赤い光が高速でこちらに向かってきた。
ケネスさんが杖を差し向け叫ぶ。
『フレイムウェーブ!』
ランドールさんから5メートル程離れた場所に炎の壁があらわれ、通路全体の空間を押し流すように移動する。
数秒遅れてトイトットさんの『フレイムウェーブ』が重なるように発生し、炎の厚みと勢いが増していった。
いつでも動けるように態勢を低くし構えていると、炎の壁を抜けて落ちてきた黒い塊が5つ、地を滑るように転がりランドールさんの足元で止まった。
焼け焦げた特攻甲虫からは嫌な匂いがし、煙が薄く昇っている。
どうやら討伐成功のようだ。
カシムさんが体から力を抜いて息を吐き、構えていた槍を下ろした。
「うまくいったようですね。トイトット君もお疲れ様。いいタイミングでしたよ」
「ありがとうございます。やっぱり火属性の重ね合わせは強力ですね。ただやっぱりケネスさんの炎の方が、わたしの炎よりも熱量が高いような気がしました。さすがCランクですね」
緊張していたのか炎の暑さのせいなのか、トイトットさんが額から流れ落ちる汗を手の甲で乱暴に拭いながら笑う。
こうしていると好青年なんだけどな。
爽やかな笑顔をぼんやりと眺めていると、トイトットさんと目が合った。
「どうだ? 本物の魔法使いの魔法は? お前みたいな偽物には出せない威力だろ?」
偽物か……別に僕は偽物なわけではないんだけどな。
ちゃんと冒険者カードにも『魔法使い』と職業欄に記載されているし。
でもここで言い返すとまた揉めそうなので、
「火属性の魔法は聞いていた通りに強力ですね。羨ましく思う気持ちはありますよ」
無難に褒めておくことにした。
この言葉に嘘や偽りの気持ちがないのは本当だし。
「そうだろ? 特に火属性の重ね合わせは使う人のレベルによっては威力が2倍にも3倍にもなるし、見た目よりもずっと攻撃力があるんだぞ」
誇らしそうに胸を張り、鼻息も荒く杖で地面を突いた。
「お前も本格的に魔法を学ぶのなら許してやってもいいぞ。なんならわたしが修行をつけてやってもいい。
ケネスさんはお前に教える暇なんてないほど多忙な方だしな。
どうせ碌な魔法使いに師事したわけではないのだろう? レベル2のお前に修行をつけて魔法使いと名乗らせるくらいだ。うだつの上がらない低レベルな魔法使いなんだろうさ」
偉そうに言葉を並べ立てている間は我慢が出来た。
でも、僕の師匠を馬鹿にするような一言は許す事ができない。
自分でも意識しないうちに左手が短剣に伸びていて、あとは彼の体目がけて投擲するだけ――
「ソーヤっち!!」
物凄い力で、左手首を握り締められた。
「落ちつけ」
ランドールさんからは背中を力いっぱい手の平で叩かれる。
一瞬、息が詰まりゲホッと咳き込むと、黒い感情も一緒に出て行ってくれたようだ。
「ソーヤ君、それを投げるのはやり過ぎですよ。例えトイトット君が言い過ぎたとしても、見過ごせません」
ケネスさんが険しい顔でトイトットさんを睨んでいる。
「止めてくれてありがとうございます。ちょっと、どうかしていたようです」
カシムさんにお礼を告げると、
「強く掴みすぎたっすか? 悪いっすね」
赤くなった僕の手首を手の平でさすってくれた。
「ランドールさんも、もう大丈夫ですから」
苦笑交じりに言うと、ランドールさんは無言で頷き離れて行った。
周囲の重い空気を察して、他のメンバーが集まってくる。
ギルド職員にはケネスさんが、
「若者同士のちょっとした衝突ですが、もう終わりましたので」
安心させるように笑顔で説明して大事にならないように納めてくれた。
『炎の杯』のシンダルさんとクミンさんが心配そうにトイトットさんに事情を聞いているが、当の本人は何が起こったかわかっていないみたい。
ケネスさんに睨まれたことで自分が言い過ぎたことは理解したようだが、僕の行動については気付いていなかったのだろう。
カシムさんに止められていなければ……僕の短剣が今頃トイトットさんを傷つけていたということに。
無自覚にも致命傷は避けるように胴体付近を狙っていたようなので命の危険はなかったとは思うが、魔法職の彼には短剣を避けることはできなかったと思う。
カシムさんには本当に感謝しなくては。
危うく一時の感情でトイトットさんを傷つけるところだった。
それも緊急依頼の真っ最中にだ。
ギルド職員にばれていたら、印象はかなり悪くなるだろう。
誤魔化してくれたケネスさんにも、あとで改めてお礼を告げておこう。




