11話.美容師~冒険者ギルドに行く
微かに足音が聞こえて、僕は目を開けた。
最初に牢屋番が現れ、テッドが続いてきた。
小柄な男はいないみたいだ。
「よう、変態の首狩り族」
片手を上げて、テッドが言った。
「変な呼び方はやめてもらえませんか」
「悪い悪い。でも変態は事実だろ?」
何も言い返せないのが悔しい。
「どうして、こんなことしたんだ? 本当に変態なのか?」
「いえ、なんというか……知らなくて」
「知らない? この世界で暮らしてて、教会の教えを知らないってことはないだろう?
そんな嘘を言うってことは反省してないのか?」
「いや、反省はしてますよ。というか、反省し過ぎて、落ち込んでます」
「落ち込むってお前……自分でやっておいて、それはないだろう?」
呆れたように、なぁ、と牢屋番に意見を求める。
牢屋番はじっとこちらを見つめ、
「お前、もしかして教会に行ったことがないのか?
教会の教えを知らないのか?」
「……行ったことがありませんし、知りませんでした」
元の世界でならあるが、この世界トリーティアの教会には行ったことはない。
禁忌とやらを知ったのはついさっきの事だし、手遅れだ。
よって、嘘はついてない。
「おいおい、本当かよ」
テッドが疑わしそうに眉を寄せた。
「テッドさん、こいつは道のずっと向こうから来たと言ってました。
海を渡った大陸の先から来たなら、本当に知らないのかもしれません。
それに、こいつが着ていた服装だって変わってた。
髪の毛の色も目の色だって、こんな黒色、俺は他では見たことないです。
テッドさんはありますか?」
「確かに髪の毛や目の色は黒くて変わってるし、あまり見かけない服だったな。
その下履きもその靴も、言われてみれば、なんの素材だ?」
牢屋に近づき、ジロジロと観察される。
「僕のいた所では、あまり珍しいものではないのですが」
「向こうの大陸のことか?」
「向こうの大陸というか……ずっと遠くです。
他人の髪の毛に触れてはいけないという決まりはありませんでした。その証拠に」
布袋から、アンジェリーナを取り出した。
二人は一瞬驚いたように後ずさり、ウィッグのことを思い出したのか、驚かせるなよとぼやきながら、下がった分前に出た。
「これは僕の相棒で、仕事道具です。これは髪の毛を切ったり、結ったりする練習をする為の道具なんです。それが僕の仕事だったんです」
「嘘だろ? 向こうの大陸では禁忌はないのか?」
テッドが牢屋番を見るが、牢屋番は首を振った。
「向こうの大陸のことはあまり知られていません。ただ、禁忌がないという話を聞いたことはないですが――」
「ただ、禁忌があるという話も聞いたことはない、違いますか?」
誤魔化すしかない! ここぞとばかりに二人の会話に割り込んだ。
「そうなのか?」
「ええ、こいつの言う通りですね」
しばらく、誰も口を開かなかった。
できればこのまま、有耶無耶にしてしまいたい。
向こうの大陸とやらの情報を知る者でも呼ばれたら、堪ったものではない。
向こうの大陸がどんな所なのか、僕にはまったくわからないのだから。
「まぁいい。とりあえず、お前のことを信じることにする」
テッドが牢屋の鍵を開けてくれたので、布袋を手に取り、外に出た。
判定はグレーというところか。
とりあえずは、逃げ切れた。
今後はあまり会わないように気をつけよう。
いつ嘘がばれるか、気が気じゃない。
「とにかく、ここではここの決まりを守れ! わかったな、次はないぞ!」
「ええ、わかっています。今後はお世話にならないように十分気をつけますから」
足早に扉を開け外に出た。
けれど、
「おい、ちょっと待て!」
呼び止められてしまった。
走り出したい衝動を押さえ、「なんですか?」と振り返った。
「金を稼ぎたいなら、冒険者ギルドに行け。場所は宿屋の先を真っすぐ進んだ所だ」
悪い人ではないのだな。
言ってしまえば、悪い人は僕なわけだ。
「ありがとうございます。行ってみますね」
お礼を告げて、冒険者ギルドとやらに向かうことにした。
宿屋の前を通り過ぎ、そのまま直進した。
あの女の子はいない。
当たり前か、今頃家に帰って家族に慰められているのだろう。
謝罪したい気持ちはあるが、家にまで押しかけては逆にもっと怖がらせてしまうかもしれない。
いずれその機会があれば、きちんと謝ろう。
頭を撫でてあげた時の感触を思い出し、そう心に誓った。
冒険者ギルドはオーソドックスに剣と盾が交差したマークで描かれていた。
開かれたままの扉を潜って、中を見回すと、大きなテーブルがいくつかあり、数人が椅子に座って談笑していた。
僕に注目している人はいない。
えーと、小説なんかだと、新人は絡まれるんだっけ……。
読んだことのある異世界の物語を思い浮かべ、少し緊張しながら奥にある受付に向かうと、カウンターにいた女性が僕に気づいて書類から顔を上げた。
茶色の髪の毛は胸の下くらいの長さで、前髪は目を隠すくらいに長い。
「こんにちは。何かご用でしょうか?」
口元に笑顔を浮かべて問い掛けてくる。
こういう時は……、
「登録をしたいのですが」
「はい、冒険者ギルドへの登録でお間違えはないですか?」
「ええ、お願いします」
「では、この紙に記入をお願いします」
カウンターの上にペンのようなものと、茶色がかった紙が一枚のせられた。
けれど、読めない……。
言葉は通じるけれど、読み書きはダメってことか。
固まる僕に気がついたのか、
「代筆致しますね」
彼女がペンを取り、紙を上下ひっくり返した。
「まずはお名前を教えてください」
「ソーヤ・オリガミです」
「はい、ソーヤ・オリガミ様ですね。年齢とご職業をお聞きしても?」
「26歳、職業は美容師です」
「ビヨウシ……ですか? どういう字を――あっ、失礼致しました」
申し訳なさそうに謝られてしまった。
どうしよう、僕が読み書きができないせいで、すごく気を使わせてしまっている。
「いえ、こちらこそすみません。すごく遠い所から来たので、ここで使用されている文字がわからなくて」
「そうなのですね。恥ずかしい思いをさせてしまって、大変申し訳ございませんでした」
「いえ、こちらこそ」
二人して、ペコペコと頭を下げあい、謝罪合戦になってしまった。
同時にそれに気づいて、恥ずかしくなり笑いあう。
ああ、この人はいい人なんだな。
ヤサグレテいた心が少し癒された。




