109.美容師~緊急依頼を受ける
「確かに例の問題は解決しました。ですが、一般的なEランクの冒険者の方のレベルと比べると、明らかにソーヤさんのレベルは足りていません。
今までの実績を考慮してランク自体は上げていましたが、緊急依頼を受けるとなると確実に戦闘の連続になりますし……」
「そういうことか」
ギルマスはマリーの言葉を聞いて、
「キンバリー!」
と呼びかけた。
「お呼びでしょうか? 何か問題でも?」
「ああ、お前の意見が聞きたい。
ソーヤは今回の緊急依頼で前線に出るつもりみたいなんだが、案の定煩い保護者の反対にあっていてな。どう思う?」
「前線に出るとなると、土蜘蛛との戦闘は避けられませんよね」
キンバリーさんが探るように僕を見るので、
「マッドウルフなら、先日1対3で倒しています。ちなみに一日で4匹討伐しました。その際、怪我はありません」
「ソロで3匹と戦えるなら……でも一度に3匹と戦って怪我もしないとは、いったいどんな戦い方をしたんだい?」
「それは……」
周りにケネスさん達もいるしどこまで説明するか悩むが、どの道一緒に戦闘を行えば魔法を使う必要があるし、いつかは分かることだと諦め、
「職業を魔法使いにしたので、魔法を使って倒しました」
「ああ、そうだったね。ソーヤ君はもう魔法を使いこなせるようになっていたのか。それなら上手くやればEランクの魔物を複数相手にしてもなんとかやれる」
納得したようにキンバリーさんが頷いたので、流れが不利になると感づいたのかマリーがまた口を挟もうとする。
だがそれより早く言葉を発したのは、離れて傍観していた空気を読まない大男ランドールだ。
「おい、まだ行かないのか? さっさと行って、蜘蛛でも蛇でもぶっ倒せばいいだろ?
レベルが低かろうがなんだろうが、俺達と一緒にいれば怪我はしても死ぬことはねーさ。
危ねぇと思ったらケネスの前で壁になっているだけでも役に立つぜ。その分俺やカシムが好きに動きまわれるからな」
「そうですね。ならソーヤ君には積極的に動くというよりも、私の護衛役として参加してもらうのはどうでしょうか?
それに小耳に挟んだ所、剣士かと思えば魔法も使えるようですし、いつもなら私を守りながら戦うカシムが自由に行動できるのは、メリットとしては大きいですし」
思わぬところから来た援護射撃に、マリーが悔しそうに唇をかんだ。
僕のことを心配してくれているのはわかるのだが、皆が戦っているのに自分だけ安全な後ろに隠れているのは気が引ける。
この街やこの街に住む住人達を好きになってしまったからこそ、僕も何か役にたちたいと思うんだ。
後方支援だって大事なことなのはわかっている。
でも前線に立つ力があるのなら、やっぱり前に行くべきだ。
マリーには悪いけれど、ここは折れてもらうしかない。
けれど、きちんとフォローだけはしておこう。
ギルマスやキンバリーさんは、話は終わりとばかりに目配せを寄こして離れて行った。
残っているのは早く動きたくてうずうずしているランドールさんと、楽しそうに口笛を吹いているカシムさん、そして何やらぶつぶつと呟いてるケネスさん。
《聴覚拡張》がその呟きを耳に届けてくれるが……、
「ソーヤ君が魔法使いとはね……何属性なんだろう。剣を使いながら魔法も使うのかな。どんな戦い方をするのか気になる所だね」
やばいな、あまりやりすぎると師匠のことがばれかねない。
気を付けるように意識しておかないと。
ケネスさんのことはひとまず置いておいて、今はマリーのことだ。
ランドールさん達には先に行っておいてもらうように頼み、マリーに向き直る。
「ソーヤさん、変に口を出してすみません。
でも忘れないでくださいね。レベルが低いということはHPが少ないんですよ。
高ランクの魔物の一撃に耐えるには、冒険者自身もレベルを上げて体力を高めてHPを上げたり、より防御力の高い防具を装備したりしないと簡単に致命傷を負うんですよ! ソーヤさんは明らかにEランクの攻撃を耐えるには体力も防御力も足りないとわたしは判断しています。
一般的なEランク冒険者のレベルは10なので、せめて8もあればわたしだってこんなに止めることはないのに」
自分でも余計なお節介を焼いている自覚があるのだろう。
それでも僕の為にと、グラリスさんの小言を浴びながらも嫌われ役になることを躊躇わずに止めてくれる。
そんなマリーの気持ちを考えていると、体の内側から愛しさが込み上げてきて、僕の右手が勝手に動いていた。
どこに?
もちろんそれは、僕の正面で俯きがちにうなだれているマリーの頭だ。
まるで、僕とは違う意思を持っているかのようにゆっくりと伸びていく右手。
それに不穏な気配を感じたのか、顔を上げたマリーが凄まじい速度で後ろに飛び退いた。
「ソーヤさんっ! わたしがこんなに心配しているっていうのにふざけているんですか!? まったく油断も隙もないというか……こんな時に何を考えているんですか!!」
さっきまでの捨て犬モードのマリーはどこにいったのか、僕の目の前には鬼がいた。
頬はピクピクと引きつるように動き、怒りのあまりか体全体が小刻みに震えている。
「……真に申し訳ございません」
きっちり90度のお時儀で謝罪し、許しのお言葉を待つ僕。
だって怖くてまともに顔を見ることができないし。
目に見える範囲の床の汚れを数えること30秒程。
頭上で大きなため息とともに、
「頭を上げて下さい」
呆れ混じりの声が聞こえた。
「ソーヤさん、絶対に無事に帰ってきて下さいね。それだけは約束してください」
「うん、わかってる。僕だって死にたくはないからね」
「あと……危なくなったら出し惜しみは無しで使って下さいね、魔法」
「……」
無言の僕が何を考えているのか、マリーは正確に察知したようだ。
「大丈夫です。イリス様だって、ソーヤさんが死ぬよりはマシだって許してくれるはずですよ。それに、その時はわたしも一緒に謝ってあげますから」
最後は笑顔で送り出してくれた。
彼女はとてもすばらしい受付嬢だ。
アフターフォローの約束まで万全だし。
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