10話.美容師~ステータスについて学ぶ
「じゃあ、これからのことを話すわね」
女神様の言葉で思考が中断する。
「今わたしが出した手紙だけれど、返事が来るのに時間がかかるわ。
たぶん、読んでもらうまでにも結構かかると思うし、さすがに無視されることはないとは思うけど、それなりに待たされることは理解して。
とても忙しいのよ、一位なだけあって」
僕は黙って頷くことで返す。
「返事が来るまでの間だけど、ここにずっといることはできないわ。
今のあなたは精神体で、肉体から長時間離れていると繋がりが切れてしまう恐れがあるの。ああ、今度はちゃんと継続して保護をかけているから心配しないでね。
牢屋の中のあなたの体には、傷一つ付けさせやしないわ」
「ここで待つことができないというと」
「そう、下の世界で待っていてもらうことになるわね。もちろん、わたしにできる限りの便宜ははかるつもりよ」
そう言って、女神様が僕を見つめた。
「ステータスはさっき強化しておいたし、あとはそうね……」
立ち上がり、僕にも立つように促す。
離れた所にあったワゴンがひとりでに移動してきて、僕の横で止まった。
「何か持って行きたい物はあるかしら?」
「持っていきたい物ですか?」
「ええ、必要な物だけ身に着けてちょうだい。あとはわたしが預かっておくから」
自然と手が伸び、無意識の内にバッグ型のシザーケースを取り、ベルトを腰に巻いた。
この重さがないと落ち着かない。
革職人の友人に頼んで作ってもらったオーダーメイド品。
中の物が落ちないように折れ曲がるように蓋がついていて留め金で留めてあり、蓋の中央には大きな深い青色のターコイズを埋め込んでもらった。
シザーケースの中は3つに分かれていて、定位置にカットシザーが3本、セニング(スキバサミ)が2本、レザーが1本、大小のコーム(櫛)が2本、テールコーム(片方が櫛歯でもう片方が棒状の櫛)、嘴型のクリップ(ヘアクリップ)が7本。
まだ空間があるので、紙筒にロール状に巻付けてある色違いのゴムを3つ、ロールブラシを1本、シザーケースの隙間に押し込んだ。
これだけあれば仕事ができると思い、蓋の留め金をしてポンと叩いたが、他人の髪の毛に触れないことを思い出し、少し落ち込んだ。
ワゴンは邪魔になるからここに置かせてもらって、残り少ないけれどタバコとジッポライターはジーンズのポケットに入れて。
あとは……布袋に入れたままだったアンジェリーナを取り出した。
持って行くのには邪魔だけど、僕の唯一の大事な相棒だ。
離れがたい。
アンジェリーナを胸に抱きしめ、
「これでいいです」
と準備ができたことを伝えた。
「わかったわ。動かないでね」
女神様は右手の指を僕に向けクルクルと回し、上から下に動かした。
キラキラとした光が、僕の体を包み込む。
「はい、いいわよ」
満足気に微笑んで、ふう、と疲れたように息を吐いた。
「何をしたんですか?」
「あなたの持ち物にわたしの加護を少し与えたのよ」
「女神様の加護を物にですか?」
「そうよ。わたしに与えられるものは少ないけれど、きっとあなたの役に立ってくれると思うわ。あなたが大事にしてきた物だからこそ、あなたを守ってくれる力になると思うの」
確かに、僕が今身につけている物は、どれも大事にしてきた物だ。
長年使い続けてきた仕事道具。
愛情を持って接してきた。
「とは言っても、序列七位の加護だから、あまり期待はしないでね」
クスリと笑い、そう付け足す。
「ありがとうございます。これからも大事にします」
「ええ、そうしてちょうだい。あとは……」
本当にできることは全てしてくれるつもりのようだ。
足りないものはないかと、頭を悩ませてくれている。
「そう、ステータスね」
「ステータスはもう強化してくれたんじゃないですか?」
「ええ、強化はしたんだけれど」
何かを探すように視線を動かす。
「これがいいかしら」
ワゴンの引き出しから、青い表紙のノートを取り出した。
練習用に使っていた僕のノートだ。
女神様はノートを左手に持ち、右手の指を当ててクルクルと回した。
「これでいいわ。ステータスと念じながら開けてみて」
ノートを手渡してきたので、ステータスと念じながらノートを開いた。
白いページにはこんなことが書かれてた。
==
名前 ソーヤ・オリガミ(織紙 奏也)
種族 人間(首狩り族?) 男
年齢 26歳
職業:ビヨウシ?
レベル:1
HP:20/20
MP:20/20
筋力:16
体力:16
魔力:16
器用:32
俊敏:18
ユニークスキル:言語翻訳《/》
スキル:
称号:変態《Lv1》、女神リリエンデールの加護《Lv1》
装備:カットソー、ジーンズ、スニーカー、腕時計、シザーケース一式、タバコ、ジッポライター
==
ゲームとか小説でよく見る感じのステータスだ。
問題は……なんか変なのがある。
二つ程……。
「あの……リリエンデール様」
「何かしら? 便利でしょ? これでいつでも見られるわよ」
「いや……それは確かに便利だし、ありがたいのですが……」
「なになに? どうしたっていうのよ」
女神様が横からノートを覗き込む。
「こことここに変なモノがあるのですが」
種族と称号の場所を指差した。
「ああ……これね……思い当たることは?」
「ないことはないです」
「しっかりと付いちゃってるわね」
「……」
「ステータスはね、レベルが上がったりスキルなんかが増えると自動的に更新されるわ。
称号なんかは、たくさんの他者に認識されたり、力の強い者にそうと思われると付くことが多いわね。でも、種族とかはあまり変わることはないのだけれど」
女神様が笑いを堪らえながら、視線を上と下に行ったり来たりさせた。
「女神様……お願いがあるのですが……」
「今回限りよ?」
「お願いします。この二つを消してください。首狩り族と変態を!」
「あまりステータスに干渉すると怒られるのよねー」
そう言いながらも、女神様は僕の願いを叶えてくれた。
おかげで、やっとステータスをじっくりと見る余裕ができた。
名前、年齢、職業がカタカナで?が付いているのは、この世界で認識されていない職業なのだからだろうか?
髪の毛に触れる仕事以外で美容師と名乗る職業はないのではないか、と考える。
まぁ、考えても今は仕方がない。
レベルにHP、MPはよくあるRPGゲームと同じか。
筋力、体力、魔力、器用、俊敏……この世界の普通の人がどの程度なのかがわからないけれど、器用値が飛び抜けて高い数字だ。
「僕のステータスは一般人と比べて、どうなのですか?」
「んー、どれどれ」
女神様は右手の人差し指を頬に当て、フムフムと頷いた。
「まぁまぁかしら。あなたのステータスは、初期値からわたしが強化して2倍にしてあるわ。だから本当のあなたのステータスは本来ならこの半分ね。
半分の値だと、同年齢の一般的な村人よりも、ほんの少し高いくらいかしら。
ちょっと待ってね」
僕のステータスが書かれていたページの反対側にチョンと指で触れた。
小学校の理科の実験でやった炙り出しのように、文字が浮かび上がってくる。
==
名前 ナナシノゴンベエサン
種族 人間 男
年齢 26歳
職業:村人
レベル:1
HP:8/8
MP:6/6
筋力:7
体力:8
魔力:5
器用:7
俊敏:7
==
「村人だとこんな感じね。兵士だと……」
再び、指でノートに触れる。
==
名前 兵士A
種族 人間 男
年齢 26歳
職業:衛兵
レベル:5
HP:18/18
MP:12/12
筋力:15
体力:15
魔力:12
器用:12
俊敏:16
ユニークスキル:
スキル:剣術《Lv1》
称号:
==
「こんな感じかしらね。あくまで一般的な数字よ」
僕は二つのステータスと自分のステータスを見比べて、女神様の加護の優位さを実感した。
村人と比べると強いのはわかるが、まだレベル1の状態で、レベル5の兵士よりも強いってすごくないか?
中でも、やっぱり器用値がずば抜けて高いし。
兵士の2倍以上、3倍近くある。
「器用値がずいぶん高い気がするのですが、これも女神様が特別に何かしてくれたんですか?」
「それは元からよ。あなたってずいぶん器用だったんじゃないの?
よく動くじゃない、その指」
「そうですか」
確かに左手も右手と同じように動かせるよう特訓なんかはしたけれど、こうやって数字になって現れると不思議な感じがする。
「じゃあ、そろそろいいかしら。下の世界に戻すわよ。何かまだ質問はある?」
「ないです、大丈夫」
答えてから、聞いておきたいことを思い出した。
「最後に一つ。他人の髪の毛に触れて、神託でいう禁忌を侵したのは理解しました。ただ、どうしていろんな人から変態と言われたのですか?
その理由がよくわからなくて」
「ああ、それはね。確かに他人の髪の毛に触れるのは禁忌なのだけれど、家族はOKでしょ? だから民の間ではプロポーズの文句に使われたりするのよね。
要するに結婚しましょう! っていうことよ。
今の流行りだと、『毎朝、俺の髪の毛を結んでくれないか』とか。
『わたしの髪の毛を梳かして下さい』とか。
ちなみに、勝手に女性の髪の毛に触れるのは、あなたの世界の犯罪で例えると、いきなり胸を触るのと同じようなことね。禁忌といっても、殺されることはないわ。
何度も繰り返して相手からの不快感を受けると、職業が犯罪者にはなる可能性はあるけれど」
「……それは確かに、変態と蔑まれても仕方ないですね」
ということは……僕は見知らぬ幼女の胸を触ったのと同じということか。
そりゃ、泣くよな……。
震えながら泣いていた小さな女の子のことを思い出し、自分のしでかしたことに顔が引きつってしまう。
牢屋番の怒りも最もだ。
できればあの子に謝りたいけれど、余計に怖がらせてしまうだろうな。
「もういいかしら? あなたにお客さんが来そうだし、送るわよ」
女神様は僕の返事を待つことなく、指をクルクルと回した。
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