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 兵士が口にした女王陛下という言葉と、彼らの背になびく鮮やかな真紅のマントに金糸の模様。

 その場にいた者は言葉もなく立ち尽くす。

 その色が何を意味するのか知らない者などこの国にはいない。

 真紅に金糸は女王陛下直属の兵や側近にのみ許された色。

 つまり現れた兵士たちは女王を直に守護する兵。

 何故、女王陛下の兵が動いたのだと、みな一様に怯えの混じった顔でこの先の展開を見守っていた。

 そこへ、数十人の兵士に守られるように、馬に騎乗するひとりの少女の姿にみな視線をそそぐ。

 真紅の外套からはためく白いドレスの裾。

 その場にいた人々の心の内に、まさかという思いが過ぎっていたに違いない。

 誰ひとり声をあげる者もなく、固唾を飲んで馬上の少女を見上げていた。


「これはどういうことだ」


 凛とよく通る澄んだ声があたりに響く。

 少女の声ひとつで、ざわついていたその場が一瞬にしてしんと静まり帰る。

 少女は処刑台の前に立つ裁判官に視線を据えた。


「誰の許可を得て、このような処刑を行っている」


「そ、それは……その」


 少女の問いかけに裁判人は顔色を青ざめさせ、しどろもどろに答える。


「そもそも、このような公開処刑を行うことを私は禁じたはずだが、どういうことだ?」


「そ、それは……今回は特別だと聞きまして……」


「特別? 誰がそのようなことを言った」


「それは……」


「はっきり申してみよ。誰の命だ!」


 厳しい少女の一喝に、裁判官はその場に膝をつき地にひたいをすりつけんばかりにこうべを垂れ声を落とす。


「オ、オズヴァルト候の……」


 少女は切れ長の目をすっと細め、少し離れたところで立ち尽くすオズヴァルト候に視線を移す。


「なるほど」


 オズヴァルト候はひっと喉の奥で悲鳴をもらした。

 少女から放たれる威圧的な雰囲気に圧倒されたのか、オズヴァルト候は肩を震わせていた。


「久しいな、オズヴァルト候」


 久しいと言われ、オズヴァルト候はごくりと喉を鳴らした。おそらく彼の頭の中では疑問符が飛び交っていただろう。


「何だ? 覚えておらぬのか? つい先日会ったばかりではないか」


「は……はい……」


 と、答えたものの、オズヴァルト候は青ざめた顔で、懸命に記憶をたどっているようだ。


「忘れたか。では、この真紅のマントを黒に変え深くフードをかぶれば、そなたは思いだしてくれるだろうか」


 オズヴァルト候は目を大きく開いた。


「もっとも、そなたは私を物乞いと言い捨て去っていってしまったが。そう、あの時、ぶつかった拍子にそなたの服を汚してしまったな。詫びもせず、すまなかった」


「あ……ああ……あわわ……わ……」


 オズヴァルト候は情けない声をあげ目を大きく瞠らせた。ようやく、目の前にいる少女と、数日前、占い師の家の前でぶつかった少女が結びつく。

 自分は女王陛下を物乞い呼ばわりしてしまった。

 みなの突き刺す視線がオズヴァルト候を射る。


「そんな何故……だ……」


 少女は形のよい唇に薄い笑いを刻んだ。


「ようやく思いだしたか」


「はは……は……」


「さて、オズヴァルト候よ。これはどういうことか説明してもらおうか」


「そ、そ、それは……その……」


 そこへ、すっと少女の前にひとりの兵士が馬を寄せ、オズヴァルト候に鋭い視線を放つ。


「女王陛下の御前なるぞ。頭を下げよ!」


 兵士の一喝にひっと悲鳴をあげ、オズヴァルト候は地面にひざまずいた。そして、それまでぽかんと口を開けていた見物客たちも、いっせいにひれ伏した。

 兵士はさらに続けて言う。


「さあ、陛下の問いに答えてみよ」


「それは……それは、その……その男はコンラディンの娘を……わし、いやわたしの息子の婚約者をである……コン……コン」


 もはや何を言っているのかわからない状態であった。


「そうか。だがそのコンラディン家のカーリン嬢より、女王陛下に処分取り消しの訴願があった。自分はあの日、カイの元には占いに寄っただけだど」


 すぐ側にいた裁判人がオズヴァルト候を問いつめる目で見る。


「それに、オズヴァルト候よ、そなたはこのお方を誰だと思ってこんなふざけた真似をしたかわかっているか」


 このお方と言って兵士が指し示したのは、カイであった。

 見物人たちはそろりと視線をあげ、それぞれ奇妙な顔つきで顔を見合わせた。

 このお方?

 カイはただの街の占い師。

 それどころか、犯罪者の巣窟、裏街の人間だ。

 それ以外の何者だというのか?


「よく聞け!」


 兵士は回りの者の耳に届くほどのよく通る声で言う。


「このお方は女王陛下直属の占星術師。最高位占星術師の称号を持つ方だ!」


 すべての者が息を飲んだ。

 一瞬の沈黙。

 やがて波が押し寄せるようにどよめく見物人たちの声。しかしそれに反して、カイは不愉快そうに顔をゆがめ舌打ちをする。


「ちっ、大勢の前でばらしやがって」


 オズヴァルト候はふと、目の前に落ちていた、先ほどまで自分で踏みつけていたカイのペンダントを震える手で拾い上げた。

 よく見れば上等の代物だ。

 艶やかな光沢を放つ白銀の表面に嵌められた十二個の宝石。それは黄道十二宮を意味するもの。さらに、ペンダントを裏返しそこに掘られている文字にオズヴァルト候の顔色が徐々に青ざめていく。


 星の告知をきけ

 運命は絶対に非ず

 天の摂理に

 人の知力をかけ

 未来の指針を詠み解き 

 迷える者に助言を与えよ

 それすなわち使命となす


「まさか……まさかまさか! こんなことありえん……」


 ペンダントを持つ手が小刻みに震えていた。

 オズヴァルト候はおそるおそるという様子でカイを見る。


「この男が女王陛下の最高位占星術師……」


 兵士は然りとうなずく。

 オズヴァルト候はははは、と声にならない空笑いをもらす。

 最高位占星術師といえば、占師の中でも最高権威を持つ称号。

 ふと、オズヴァルト候ははじかれたように肩を跳ね上げた。


『本当に、ちゃんと調べたのか?』


 オズヴァルト候の脳裏に、牢で口にしたカイの言葉がよみがえる。


「あの言葉はこういう意味だったというのか……」


だらしがなく口を開けたまま、改めてカイを見やり、さらにその手にしている武器に視線を移す。

 今は平和そうに見えるこのアルガリタも、数年前までは内乱で荒れていたことは誰の記憶にも新しい。

 王位を奪った王妃から、玉座を取り戻そうと決起した王女の傍らに常に控えていた数人の若者たち。その中のひとり、太陽の如き煌めき、あるいは凍える月の如き鋭さで一風変わった異国の武器を閃かせ、鮮やかにそして確実に敵を倒していった強者。

さらに、星を読むという能力をもって、まだ年若い王女を勝利に導き新たな玉座へと導いた。

その後、確かその若者は後に占司の官職についたのではなかったか。


「星……」


 オズヴァルト候の口からぽつりとその言葉がもれる。


「女王陛下の〝剣と盾〟〝星と影〟……星っ!」


 オズヴァルト候は今さらになって気づく。 

 カイのひたいに揺れる真紅に金糸の模様がほどこされた飾り紐に。

 真紅と金糸は女王陛下の色であり、許された者のみに与えられる色。


 ただの占師ではなかった。

 こんな街の一角で、庶民相手に占いをするなどあり得ない存在だったのだ。だが、たどりついた真実に悔やんだところでもう遅い。そして、馬に騎乗する目の前の少女こそ、このアルガリタの若き女王。


「何故だ! 何故、女王の占師がこんな街中にいるというのだ。何故!」


「どこで何をしていようと、俺の勝手だろ」


 カイはけっと笑って吐き捨てた。


「よって、この処刑はとりやめとする。異論がある者はいるか?」


 女王の問いかけに、その場にいた全員が引きつった顔で首を横に振った。

 突如、人混みをかき分け、カイの前にカーリンがひざまづいた。


「も、申し訳ございません。女王陛下の占師様と知らなかったとはいえ無礼な真似を! どうか……」


すかさずその横に一人の若者が駆け寄り、同じく地にひたいをこすりつけんばかりに頭を垂れる。


「いいえ! カーリンはオズヴァルト候に唆されて……どうかお許しを!」


 恋人の肩を抱き、必死でかばう若者の顔と、カーリンのくすり指に光る細い銀の指輪を見たカイはようやく緊張を解いた。その顔には微かな笑み。


「よかったな。幸せになれよ」


 驚いた顔をする二人に背を向け、カイは武器を手にしたままエレナの元へ歩む。

 後に知ったことだが、オズヴァルト候は息子の婚約者であるカーリンに、街の占い師カイの元へ行けと命じ、言われるまま理由もわからずカーリンはあの夜、カイの元へ訪れたのだ。

 つまり、カーリンもオズヴァルト候にいいように使われたのだった。


「すまなかった。俺のせいで怖い思いをさせてしまった」


 エレナを見下ろし、カイは顔をゆがめて言う。

 まさかこんなかたちでエレナを巻き込むとは想像もしていなかった。

 何があっても守ると誓ったはずだったのに。


「信じているもの」


 エレナは、首を振ってカイの肩口にひたいを添えた。


「私が死ぬ時はカイがこの世に存在しなくなった時。カイより先に私は逝ったりしない。だからわたし、あの場で絶対に死んだりしないと思っていた」


 ふわりとエレナの髪から甘い香りが漂い、次第にカイの心に落ち着きを取り戻す。と同時に、切ない気持ちがこみ上げてきた。


「おまえをひとり残して逝くなんて、そんな寂しい思いはさせねえよ」


「だったら……」


 エレナは濡れた瞳でカイを見上げた。


「死ぬときは二人一緒ね」


 そうだな、と呟き、愛おしげにけれど、どこか切ない表情でエレナの小さな頭を抱え抱き寄せた。

 回りでは、まだ興奮冷めやらない見物人を広場から退散させようと兵士たちが動き回っている。

 すでに女王の姿はない。

 けれど、民たちはこの目でそれも間近に若き女王の姿を目にすることができたことにすっかり興奮してしまっているようだ。さらに、噂を聞きつけ、ひと目女王の姿を見ようと、新たに大広場に見物人が押しかけてくる始末だ。

ごったがえす人混みの中、兵士に両脇を押さえ込まれ、うなだれて歩くオズヴァルト候の姿が目に映った。


 よかったな。

 願いが叶ったじゃないか。

 これで女王陛下に名を覚えてもらえただろう?


 嘲笑を刻み、カイはエレナの腰に手を回す。


「行こう」


 エレナを伴い歩き出したカイの傍らにひとりの兵士が寄ってきた。


「占師様どうぞ」


 うやうやしくひざまずき、カイの落としたペンダントを差し出す。


「ご無事で何よりです。占師様」


 カイは苦笑いを浮かべた。


「その呼び方はやめてくれないか。それに頭をあげろ。俺は、人に頭をさげられるほど偉くも何ともねえよ」


「ですが……」


 兵士は困惑の表情を浮かべてカイを見上げる。

 カイはふっと笑って肩をすくめ、エレナをともないその場から去っていった。

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