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 秘術師。

 それは師からただ一人、選ばれた者によって秘術を受け継ぐ術師。

 その術は確かな未来予知も、人の死すらも正確に割り出すことが可能な、類い希なる技術を会得した者。そして、秘術師の存在はあまり世に知られることはない。

 何故なら、その特殊すぎる能力はかえって世の混乱を招く恐れがあるからだ。



 ◇・◇・◇・◇



「とっとと帰りやがれ!」

 そろそろ入相の鐘の音が鳴ろうかという時分。

 西へと傾きつつある夕陽の残照が、徐々に訪れようとする静寂な夜の気配をそこはかとなく忍ばせつつ、アルガリタの都を緋色に染め始めた。

 夕刻のまだどこかとろりと微睡むような空気を孕んだ街中の一角で突如、若い男の怒鳴り声が響き渡った。


「ひーっ!」


 アルガリタの街、軒並み連なる家々の狭い路地。

 一軒の家の扉が大きく開け放たれ、中から転がるようにひとりの肥えた中年男が悲鳴をあげて飛びだしてきた。

 一見にして、男は高貴な身分の者であろうとうかがえる。

 間違いなく貴族であろう。

 身にまとう衣装は金糸銀糸がふんだんに縫い込まれた色鮮やかな光沢を放つ絹で、光の加減によっては青や緑、紫にも見える。

 男の太い首や、ぶよついた指に飾られた宝石は、どれもこれもおそらく値の張るものばかり。男にしては精一杯お洒落を気取ったつもりでも、統一感を無視した格好と色彩感覚はむしろ男を下品に感じさせた。


「お、お待ちください、占い師様……」


「うるせえ! 帰れってんだよ」


 男の言葉など聞く耳持たずという素振りで、占い師様と呼ばれたその家の住人である青年は無下に言い放つ。

 ずいぶんと乱暴な言葉使いだ。

 年の頃は二十歳過ぎ。

 漆黒の短髪に、落ちる前髪が鬱陶しくないようにと、ひたいに真紅の地に金糸の模様をほどこされた飾り紐を巻きつけ左耳脇で結んで垂らしている。

 すらりと伸びた四肢としなやかな身体。痩せてはいるが軟弱という雰囲気は感じさせない。顔だちも勇ましいと言うにはあたらないが、それでもけっこうな男前だ。

 そして、何より印象的なのはその瞳。

 つり気味のまなじりのせいで少々きつい雰囲気を与えてしまうが、その瞳は雲ひとつない蒼穹を映しとったかのような、一点の濁りもない澄んだ空色をしていた。


「そんな都一番と評判の有名な占い師と聞いてこうしてわざわざ、わし自らこんな小汚い……いや、占い師様の元にやってきたというのに。どうか頼みます占い師様……」


 追い返されても、なおもしつこくすがりつく男の足下に、忘れ物だと言わんばかりに、次々と宝石やら絹の織物、香辛料などなど……異国の珍しい品々類が外に放り投げられる。

 男は信じられないと目を見開く。


「な、なんて乱暴な! わぷっ」


 言いかけた貴族の男の顔に、占い師の青年は何かをむずりと押しつけた。


「こんなものまで寄こすな。今日一日食っていくのもやっとだってえのに、飼えるわけねえだろ。あほか」


 男の顔に押しつけられたのは、異国で大流行しているという灰色の毛並みがふさふさの猫であった。

 男は慌てて両手で猫を顔から引きはがす。


「にゃー」


「こ、これは東国アイザカーン王妃一番のお気に入りの猫の種類ですぞ! 値段も非常に高く、そうそう手に入れることは……」


「知るか。俺はアイザカーンの王妃とやらじゃねえんだ。てめえで世話しやがれ」


「しかし……」


「帰れ帰れ!」


 占い師の怒鳴り声に驚いた高級猫は、ぎゃっと鳴き声をあげ男の顔に爪をたてた。


「いたっ! このばか猫め!」


 男は悲鳴をあげ、慌てて猫を乱暴に放り投げる。

 それを見た占い師の青年は、戸口のへりに背中を預け、腕をくんで肩を揺らして嗤う。


「おいおい、大切な猫じゃなかったのかよ」


 乱暴に投げられても、それでも優雅に地面に着地した猫は、小ばかにしたようにしっぽを左右に振って貴族の男を見上げ、そのままくるりと背を向け通りの向こうへと消えていってしまった。


「ひ! 猫が逃げた……」


「さすが、お高い猫だけあって歩く姿も優雅だよな」


 はは、と嗤う占い師の青年を凄まじい形相で睨みつけ、男は側で控える付き人たちに言い放つ。


「おまえら、あの猫を捕まえろ!」


 命じられた付き人はひっと悲鳴をあげ猫が去って行った方に向かって走っていった。


「よいか、猫を連れてくるまで戻ってくるでないぞ! 必ず連れ戻して来い!」


 などと、無茶なことを言い、再び占い師の青年に向き直る。


「ど、どうしてくれるのだ! あの猫は高価な猫だったんだぞ……いったいいくらしたと思っている!」


 怒りで顔を真っ赤にし、泡唾を飛ばして男は太った身体を揺らし占い師につめよる。


「知るかよ。そんなに大事な猫なら鎖にでも繋いでおけ」


 占い師は猫を追いかけ去って行く付き人の背中を見やり。


「あいつらも気の毒だな。うっかり〝裏街〟なんぞに迷い込んだりでもしたら、猫もあいつらもはたして生きて帰ってこられるか」


 裏街という占い師の言葉に貴族の男はひっと悲鳴をあげ、顔を青ざめさせる。


「あ、あの、犯罪者の巣窟〝裏街〟だと!」


「裏街の人間は生きていくためなら平気でネズミだって食う。高級猫なんて見たら間違いなく目の色変えて飛びつくぜ」


 くつくつと嗤うたび、青年のひたいの真紅に金糸の模様がほどこされた飾り紐がゆらゆらと揺れる。


「猫を食べると……」


 よほど高価な猫だったらしい。

 衝撃を受けたとばかりに男は口をぱくぱくとさせる。


「とにかくもう帰れ」


 男は弛んだ頬の筋肉を小刻みにふるふると震わせた。


「な、な、な……」


「何だよ」


「な、何が都一の占星術師か! これではまるでただの野蛮人。なんたる無礼、なんたる乱暴……貴様、わしを誰だと思ってこんな真似をしているのか分かっておるのか!」


「知らねえな」


「よく聞け! わしはオズヴァルト侯爵だ! 本来なら貴様ごとき下民が容易く口をきけるはずではないのだぞ!」


 ふんと鼻息荒く、胸を張って言うが胸よりでっぷりと突き出た腹が目立ち、まるでさまにならない格好であった。


「その俺ら下民がいちいち貴族様の名前なんか知っているわけねえだろ? 興味ねえよ」


「な、何だと!」


「ああ、うぜえ」


「貴様は本当に占い師……なの……」


 オズヴァルト候の言葉は途中で切れた。

 何故なら、険しい形相で抗議を訴えるオズヴァルト候の鼻先で、うるさいといわんばかりに扉が閉められたからだ。

 最初は呆然と立ちつくしていたオズヴァルト候だが、押さえきれない怒りに肩を震わせ、いっそう耳まで顔を真っ赤にする。

 湯気まで立ちのぼってきそうな勢いだ。


「ふん、似非占い師めがいい気になりおって。このわしを侮辱したことをたっぷりと後悔させてやるぞ! よいか、覚えておけ!」


 悔しまぎれに捨て台詞を吐くものの、相手はすでに扉の向こう。

 どんな反応をしているのかも、もはや確かめるすべはない。


「くそ……卑しい下民めがっ!」


 オズヴァルト候は猫追跡から免れた、残った付き人をかえりみる。


「散らばった品物はすべて持って帰るから拾っておけ! よいか、残さず拾うんだぞ!」


 おさまらない怒りに肩を震わせどすどす足音をたてて、待たせている馬車に向かって歩き出す。

 オズヴァルト候のでっぷりと肥えた巨漢が、側にいた通行人とぶつかった。


「そんなところでぼやっと突っ立っているな。この下民めがっ!」


 オズヴァルト候とぶつかった相手は足をよろめかせたが、何とか転ばずには済んだようだ。

 鼻息も荒くオズヴァルト候は相手を忌々しげに睨みつけ、さらに相手のいでたちに怪訝な顔で口許をゆがめる。

 足首まである黒いマント姿。フードを目深にかぶっているため顔は見えない。けれど、低めの背にマントの上からでもわかるほっそりとした体つきから察するに、おそらく少女だと思われる。


「ふん、物乞か? おまえごときにくれてやるものなど何もないわ!」


 オズヴァルト候はぶつかった箇所を、わざとらしくほこりを払うように手でさっとなでる。


「とっとと去れ! 服が汚れてしまったではないか。汚らわしい! まったく今日はろくでもない日だ!」


 まくしたてるように怒鳴りつけると、オズヴァルト候は馬車に乗り込んだ。


「早く馬車をださんか! こののろまが!」


「は、はいっ! ただいますぐに!」


 オズヴァルト候の怒鳴り声に肩をびくりと跳ね、御者台の男は馬にむちをあてると、馬車は勢いよく走り去っていってしまった。

 置いてけぼりをくらった付き人たちは、通路に散らばった品物を両手で抱え、呆然とした顔で去って行く馬車を見送るのであった。

 一方。

 家の前に停車していたはた迷惑な馬車が去って行くのを耳にした占い師の青年は、窓辺から外をうかがい見る。


「ちっ、二度と来るな玉虫野郎」


 忌々しげに舌打ちを鳴らし吐き捨てた。

 彼に言わせれば、先ほどの貴族の男のてらてらとした光沢を放つ悪趣味な衣装は、まるで玉虫。

 それ以外の何ものでもないと思っているようだ。

 男の名はカイ。

 玉虫男が占い師様と言っていた通り、カイはこのアルガリタの街で、占いを生業として生計をたてていた。

 口は悪いし態度も粗悪だが、肝心の占いはよく当たると評判で、それなりに客足はあった。おまけに、男前な顔だちということもあってか、女たちに人気があり、カイの元には恋の行方を占ってもらおうと訪れる女性客も多い。

 もちろん占いが目的ではなく、カイ自身を狙ってくる女性客もいた。

 カイは緩やかに空を見上げた。

 夜の帳が落ちるのは早い。

 夕刻独特の美しい色合いも、徐々に勾配を増していく夜の世界にすっかりと覆われ、空には無数の星が夜空を彩り始める。

 ふと、カイは再び視線を前方に戻し空色の瞳を大きく開いた。視線の先にひとりの人物の姿が映ったからだ。

 黒いマントに深くフードを被った、さきほどオズヴァルト候がぶつかっていった少女だ。


「おい……」


 カイはそこに立ち尽くす少女を見つめ、困った顔で頭をかく。

 玉虫男に見せた不遜な態度も傲慢さもない、心底困り果てた表情だ。

 すると、少女は深く被った黒いフードからのぞく口許にふっと笑みを浮かべた。


「勘弁してくれよ……」


 ひたいに手をあてカイはすでに暗くなった天をもう一度高く仰ぎみて、深いため息をつくと、急いで扉に向かい大きく開いた。

 じっとこちらを見て立ち尽くす少女に、家の中に入るよう目顔で合図する。

 急いで少女を家に招き入れるとすぐに、カイは錠をおろし大きく息を吐く。


「いつからあそこに……」


「つい、いましがただ」


 凛と張りのある声が少女の唇からもれる。


「いましがたって……」


 カイは虚脱したように窓枠に腰をかけ頭をかかえた。


「……で、今日は何しに」


 少女はかぶっていたフードをさっと取り去った。瞬間、さらりと艶やかな黒髪が細い肩にこぼれおちる。

 意思の強さをうかがわせる黒い瞳。白く滑らかな頬にほんのりと染まる薄紅色の頬。形のよい唇。

 息を飲むほどに美しい少女だ。


「まさか、俺に会いたいから来たってわけじゃないだろう?」


「むろん、そうだが? カイはなかなか顔を見せに来てはくれない。だからこうしてそなたを気にかけてやってきたのだが、いけなかったか?」


「いけないって……何度も言うけど、いけないに決まってんだろうが……」


 どうやら、この少女がカイの元にこうして忍んでやってくるのは今日が初めてではないようだ。


「カイは冷たいのだな。あのハルでさえ、時々とはいえ私に会いにきてくれるぞ」


 カイははっと笑った。


「どうせあいつの場合は厳戒な警備体制をすり抜けて、夜中にこっそりとだろ?」


「まあ、そうだがな」


「俺にはそんな真似できねえし。そんなことより、ひとりで来たわけじゃねえよな」


 カイはわずかに眉宇を寄せ、声をひそめた。


「連れがいる。安心しろ」


 少女は肩をすくめてくつりと笑い、そっと窓辺に歩み寄る。


「それはそうと、さっきの男……」


「ああ……オズ何とかと言ってたな。女王陛下と懇意になりたい、出世したいから俺に占えってやってきた。すぐに追い返したけどな」


「ああ、途中からだが見ていたぞ。カイらしいといえばカイらしいな。だが、あの男にはくれぐれも気をつけよ」


「ああ、わかっている。とはいえ、奴は立派な大貴族様。一方、俺はしがない一般市民。こんな俺をどうこうしたって奴には何の特にもならねえよ」


「だとよいのだが」


 少女は不安げにぽつりとつぶやいた。


「心配しなくても、俺ならどうとでもなる。で、ほんとに何しに来た? 何か困ったことでも起きたか? 相談事があるなら何でも聞くぞ」


 カイの相談事を聞くは占いも含めてだ。

 少女は悪戯げに瞳を揺らしカイを見つめ返す。


「だから、さっきも言ったであろう。大切な友がどうしているかと様子をうかがいにきただけと。何故信じてくれないのだ?」


 小首を傾げて無邪気に笑う少女に、カイはやれやれと天井を仰ぎ大きなため息をこぼすのであった。



 ◇



「カイ、またお客様を追い返したって、ご近所の方から聞いたわ」


 少女が帰ってすぐ、ほとんど入れ違いで仕事から帰ってきたエレナは、苦笑混じりに奥の厨房から顔をのぞかせて言う。

 緩く波打つ茶色の髪に、髪と同じ色の瞳の楚々とした雰囲気の控えめな少女。幼い頃からずっと一緒のカイの恋人だ。


「客?」


 カイは皮肉な笑いを口許に刻む。

 エレナの言う客とは玉虫のことだろう。


「あんな奴、客でもなんでもねえよ」


 肩をすくめて不愉快そうに吐き捨てる。

 何でも金や権力で相手を従わせようとする貴族たちの傲慢なやり方には心底腹立たしいものを感じた。

 思いだすだけでも胸くそ悪い。


「でも、オズヴァルト侯爵といえばこのアルガリタの都でもっとも権力のある貴族なのでしょう? 大丈夫かしら……」


「金さえだせば何でも自分の思い通りになると思っている貴族連中の将来なんぞ知ったことか。それに玉虫が権威を振りかざしていたのは前女王の時代のことだ。今じゃ王宮でも貴族の間でもすっかりつまはじき状態。玉虫本人だって、いつ今の地位を剥奪され地方に追いやられるか気が気じゃねえはずだ。ま、それはともかく、俺の占いは奴らの欲を満たすためのものじゃねえ」


 オズヴァルト候に、おまえのことなど知らないと言ったわりには、相手のことをずいぶんと知り尽くしているような口ぶりであった。

 玉虫というカイの発言に一瞬首を傾げたが、エレナはそうね、と微笑み再び食事の仕度に取りかかるため厨房へ戻っていく。

 テーブルの上の燭台、じっと揺れる蝋燭の炎を見つめカイは目を細めた。

 今は平和そうに見えるこの国も、数年前までは内乱で渦巻いていた。

 オズヴァルト候はこのアルガリタ国の前女王イザーラのお気に入りだった男だ。

 もともとは地方貴族出身の身であったが狡猾で欲深く、強者に対して媚びへつらう男で、その持ち前の調子のよさで女王に取り入り我が物顔で王宮内を仕切っていた。

 前女王といっても夫だった王ダルバスにこっそりと毒薬を飲ませ続け殺害し、悲しみにくれる振りを演じながらこの国のためと王に代わって玉座についた。

 否、乗っ取ったのだ。

 王妃は自分の思い通りに動いてくれる官や貴族たちを金や領地、地位を相手の目の前にぶらさげ次々と味方に取り込み、徐々に力をつけていき、やがて、彼女の横暴な政治が始まった。結果、国も民も疲弊し、然したる月日も経たずして、国は驚くほどの勢いで傾斜を遂げていった。

 オズヴァルト候は女王にすり寄り、ご機嫌をとって甘い汁を吸い続けてきた男のひとりだった。

 そして、王妃には王との間にひとりの世継ぎの姫がいた。

 王女アリシア。

 当時アルガリタ王宮に仕えていた、カイの師でもある占師エルフィーネの占いにより、王女は彼女を守護する星々──エルフィーネの言う星々とは王女の元に集いし者たちのことだ──の力を借り、やがてこの国を統治するだろうと予言を受けた。

 王妃は自分の娘が力を持つことを恐れ何度も暗殺を試みたが、ことごとく失敗に終わった。

 そして、十七歳になった王女がこの国の将来を憂える者とともに、母である偽りの女王を討ったのであった。

 女王の寵臣であることをいいことに、己の権力をかさに好き放題を尽くしたオズヴァルト候だったが、女王が倒され現在の年若き女王になってからは、ずいぶんとおとなしくなってしまった。だが、内心では相当おもしろくなかったに違いない。そこで、オズヴァルト候は再び力を取り戻すため、現在の女王に気に入られようと、どこからかカイの噂を聞きつけ、やってきたのだ。

 粗野な態度に口の悪さ。

 出生も育ちも最悪という噂もあるが、それでもカイの占いはよく当たると評判で、時折貴族連中はカイに媚びへつらい、貢ぎ物を持ってご機嫌をとり、占ってくれとやってくるのであった。

 そう、今日のオズヴァルト候のように。

 どうすれば出世できるか、どうすればもっと金を手にすることができるか。どうすれば、女王陛下の覚えめでたい存在となれるか。

 そんな、くだらない相談ごとばかりにさしものカイも辟易としていた。

 カイは人差し指を襟元にひっかけ、軽くシャツを緩めてため息をつく。

 ふと胸元に揺れるペンダントが指先に触れ、視線を落とす。

 それは、師からただひとりの後継者に受け継がれるペンダント。

 占師の資格を持つ証。

 カイは自嘲気味な笑いを口許に刻んだ。

 占いなどに興味はなかった。それどころか、胡散臭いとさえ思っていた。

 人は生まれた瞬間に星を持ち、人の運命は星によって決められている。そんな言葉をよく師から嫌と言うほど聞かされた。

 だが、カイはそれは否だと思っている。

 自分の運命は自分で切り開くものだと。

 カイは自分を拾い育ててくれた師に、そう言ってよく口答えをしたものだった。

 そして口論の結果。

 俺は占いなんて信じない、くだらないと師匠に食ってかかったものだ。

 そんな自分が何故、師に選ばれ後継者たる資格を与えられたのか……。

 結局そのことを聞き出すこともできないまま、師はこの世を去った。

 老衰だ。


「あの婆、強引にこんなもの押しつけてやがって。おかげで面倒ごとばかりだ」


 ひたいに巻いた真紅に金糸の飾り紐がゆらりと揺れる。

 言葉とは裏腹にカイは強くペンダントを握りしめ、青空を映したかのような澄んだ色の瞳を揺らし、窓の彼方に視線を巡らせた。

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