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 風が少女の金の髪を浚う。


「フローリゼル様。」

「カイザー?」


 少女――フローリゼルが振り返ると、その先に黒髪の青年――カイザーが立っていた。


「そちらは風が強いので、中に入ったら如何ですか?」

「……。」


 フローリゼルは寂しげに微笑み、小さく頷いた。

 カイザーは近くを歩いていた一人の黒髪の少女を呼び止める。


「リディアナ。」


 黒髪の少女――リディアナは声をかけられた方を見て、満面の笑みを浮かべた。


「何ですか、兄様!?」


 パタパタと駆け寄るリディアナにカイザーはまるで、子犬のようだと笑みを漏らした。


「すまないが、姫を自室に案内してくれ。」

「……。」


 リディアナは先程の笑みを消し、真剣な顔をするが、ほんの一瞬だけ落ち込んだような顔をしたのだが、カイザーは気の所為だと思い、特に気にしなかった。


「いいか?」

「分かりました。さあ、姫様行きましょう。」

「……カイザー、後でわたくしの部屋に来てくださいますか?」

「はい、ルシスと共に後で参ります。」


 カイザーは仕事の打ち合わせかと思い、自分の副官の名を上げるが、フローリゼルはただの誘いのつもりだったので、肩を落とした。


「分かりました、お待ちしております……。」


 トボトボと歩き始める二人の少女を見詰め、カイザーは海へと視線を向けた。


「兄さん。」


 カイザーの事を「兄さん」と呼ぶのは彼の兄弟の中で一人しかいない。


「ルシスか。」

「兄さん、レナーレまでは後一日でつくそうです。」

「そうか、順調に進んでいるんだな。」

「ええ、ですが…こうも順調では後々大変な目に遭いそうです。」


 ルシスの物言いにカイザーは苦笑を漏らす。


「…そう悲観するな。」

「僕もそう思いますが、今までの経験で言えば、そう楽観視も出来ないんですよ。」

「まあ、そうだな。」


 カイザーも何度も事件に巻き込まれてきて、その度に命を落としかけた事が何度もあったのだ。


「そういえば、ジャックは?」

「あいつは船酔いで寝てますよ。」

「そうか…、まさか、あいつに苦手なものがあるなんてな。」

「そう不思議がるほどじゃありませんよ、あいつの苦手なものなんて簡単に上げられます。」

「……。」


 ルシスは何故か一つ下の弟――ジャックの事になると何故か厳しくなる。因みに彼らの兄弟の順はカイザー、ルシス、ジャック、リディアナという順になっている。


「まあ、丘に上がれば一発で復活しますよ。あれはそういう男です。」

「……ルシス、もっと、俺やリディみたいに、あいつの事も気に掛けたらどうだ?」

「いくら兄さんの頼みごとでも、こればっかりは聞けませんよ。」


 まあ、大人しく頼みを聞いてくれるとは思っても無かったカイザーは小さく溜息を吐く。


「お前はいつもそうだな。」

「そういう兄さんこそ、皆に優しすぎです。」

「そうか?」

「そうですよ。……だから、勘違いするやからが出て、フローリゼル様たちの怒りを買うんですよ。」

「――?何か言ったか?」


 最後の部分が聞き取れなかったのか、カイザーは首を傾げた。


「いえ、何でもありません。」

「そうか?それならいいんだが。」

「さて、そろそろ、姫の元に参りますか、兄さん。」

「ああ――って、お前何時からいたんだ?」


 思わず聞き流しそうになったが、あの時、確かにルシスは居なかったはずだ。


「ああ、何となくですよ。」

「……。」

「兄さんが僕の気配を感じ取れるのは十分に知っていますよ。」

「……。」


 ルシスは実際にフローリゼルと兄たちの会話は聞いていなかったが、すれ違い様に見えたフローリゼルの表情が曇っていたので、何となく彼は理解していた。

 毎度の事なので、ルシスは驚くよりも先に呆れた。

 兄のカイザーは将軍の位についている、剣の腕前は国一と謳われ、そして、頭脳明晰で、性格も良い。ただ、彼には大きな欠点があった。

 それは「鈍い」のだ……。

 彼を敬う部下は勿論、彼に憧れる女性は多い、彼らの感情を彼はうまく読み取っていない。

 しかも、自分は未熟だからとかなり、身分隔てなく接するものだから、彼の魅力は大勢に知れ渡っている。

 なのに彼自身はそう思っていないのか、かなり無防備でいる事が多い。


「今回の旅は何もなければいいですね。」

「誤魔化す気か?」

「まさか、僕に兄さんを誤魔化したり、嘘を吐く事なんてできませんよ。」

「まあ、そうだな。」


 ルシスを信用しているカイザーは目を細める。


「そうでなければ、今俺はこの立場に立っていないのかもしれないな。」

「兄さん……。」


 カイザーの言いたい事が分かるのか、ルシスは顔を曇らせる。


「僕は兄さんを裏切らない、たとえ、他の連中が兄さんを敵にしても、僕は…いや、僕たちはいつも兄さんの味方ですよ。」

「ルシス……、それは、好きな相手に言った方が良くないか?」

「……。」

「俺はお前たちが裏切るなんて事は頭から考えてない、お前たちにたとえ裏切られても、それは俺が人の道を踏み外した時だと思う。」

「兄さんが人の道を踏み外す事なんて絶対にありませんよ。」

「さあ、どうだろうな。」


 カイザーは縁に手を置き、真っ青な空を見上げる。


「俺はまだ二十二だ、だから、道を踏み外さないなんて事は言い切れないさ。」

「兄さん。」

「まあ、お前たちに迷惑を掛けたくないから、絶対に道を踏み外す気はないんだがな。」

「…それでも、僕たちは兄さんの邪魔をするものは排除しますよ。」

「……。」


 過激な事を言うルシスにカイザーは苦笑を浮かべ、その頭を幼い子のように撫でた。


「それじゃ、フローリゼル様の所に参るぞ、ルシス。」

「はい、将軍。」


 二人は気を切り替え、きびきびとした足取りで、歩き始めた。

 二人は気づいていなかった、この中で一番気配や勘の鋭い二人なのに、これから起こる事を予測できなかった。

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