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「そういえば。」
先ほどまで黙って走っていた面々はマサシの言葉に走るスピードを落とした。
「どうかなさいましたか?」
「お前らの弟のジャック、だったか、そいつは何処に行ったんだ?」
「ああ、俺たちの部下に伝令を頼んだ。」
「…勝手な事されると、こちらも困るのだが。」
眉を吊り上げるマサシにルシスは鼻で笑った。
「おやおや、すみませんね。」
「……。」
「すまない、勝手だと思ったが、こっちにも一応気構えを作っておいた方が、後々の動きに影響があると思ったんだ。」
「…はぁ…。」
マサシは溜息を吐き、頭を掻いた。
「今度からは早めに教えてくれ、こっちに影響が出る。」
「分かった。」
「んで、あのムッとした男は?」
「ブラストですか、彼はふらりと消えましたね。」
「……。」
さらりと爆弾発言をするルシスにマサシは眉間に皺を刻み込んだ。
「ああ、多分、ジャックと共にいるだろう。」
「……それならいいが……。」
「大丈夫ですよ、あの男は僕達の部隊からでは「黒豹」と呼ばれていますから。」
「……何故に「黒豹」?」
マサシは器用に片眉だけを吊り上げる。
「その動き、戦闘スタイルですね。他には巨大な猫のように他人に中々懐かない上に、ひょろりと消えるような所ですね。」
「そうなのか…。」
「ええ、因みにチェレーノ、僕の彼女は「兎」だと言われますね。」
「まあ、確かに。」
マサシはあのおどおどとした少女を思い出し、苦笑する。
「知っているかもしれませんが、僕は「白鷹」と言われますね。」
「………。」
マサシは思わず「鷹に狙われた哀れな子兎」を思い浮かべてしまい、何ともお似合いな二人だと顔を引き攣らせる。
「ふ~ん、それなら、あのキリリとした女と姫にもついているのか?」
「ええ、キリリとした女性はエルですね。彼女は「燕」です。」
「そうなのか?」
「ええ。」
「姫の方は白鳥です。」
「ふ~ん。」
確かにどの動物も本人にぴったりのような気がして、マサシは頷いた。
「君達も似合いな動物があるかもしれませんね。」
「はっ、遠慮する。」
「そうですか?」
「まあ、ミナミ姫はリスあたりか?小動物系だしな。」
「そうですね、あの第二王女は狐…、意外に熊かもしれません……いや、もっと狡猾な動物の方が。」
「ルシス。」
かなり酷い事を言う弟をカイザーは嗜める。
「すみません、つい。」
「本当にあの姫とは馬が合わないんだな。」
「ええ、同属嫌悪ですから。」
「……。」
自分で言うかとマサシは呆れるが、それを口にすれば間違いなく攻撃が自分の方へ向けられることを理解していたので、黙っている。
「第一王女は馬ですかね、しかも一等いい馬でしょうね。」
「はっ、一等いい?」
ルシスの言葉にマサシは思わず鼻で笑った。
「あんな暴れ馬はそんな上等なものじゃない。」
「おや、暴れ馬でも最上級な馬もいるんですよ。」
「……お前たち、馬はもう決定事項なのか?」
「ええ。」
「だな。」
妙に息の合う二人にカイザーは苦笑を漏らした。
「そういえば、さっきの場所にいた少年は?」
「ああ、あいつは見習い商人です。」
「……。」
「……お抱えのですか?」
「いや、違う。」
ますます訳が分からない二人は顔を顰める。
「あいつ自身はただのミナミ姫の友人みたいな立場だな。」
「……友人か。」
「まあ、あいつ自身はそう思いたくないだろうがな。」
「成程ね。」
「……それは彼女に惚れているというのか?」
自分の事に関しては恐ろしいほど鈍感なカイザーだが、どうやら他人の色恋沙汰に関してはほんの少しばかりは鋭いのかもしれない……。
「……多分な。」
「そうか、身分差は辛いな。」
「そんな事はありませんよ、身分なんて関係ありませんよ。欲しいものを手に入れるには身分なんてものは障害なんかにはなりませんよ。」
黒い笑みを浮かべるルシスにマサシは顔を引き攣らせた。
因みに、ルシスの彼女であるチェレーノは平民である。本来ならチェレーノのような少女がルシスの彼女などにはなれるはずが無いのだが、この男はそんな身分差を障害とも思わず、叩き潰したようだ。
「僕は絶対に手放したりなんかしませんよ?どんな事があっても決してね。」
「……。」
「だれもが、お前のように強くはないんだがな。」
苦笑するカイザーはいたって普通だが、マサシはルシスの裏の言葉を読んでしまい、ゾッとした。
「身分なんてものは後世の愚かな人間が作ったシステムですからね。そんなものを打ち破るのは簡単であり、難しいんですよね。」
「ルシス?」
「ただ一人の人間が足掻いたとしても、石頭の連中が揃えば、そんな一人の意見は却下される。」
「……。」
「そう考えると、僕たちの国は幸せなのかもしれませんね、特に元からの身分なんて関係なく、上にのし上がれるんですからね。」
「「……。」」
「さて、チェレーノが怯えているかもしれませんし、行きましょうか。兄さん、マサシ殿。」
笑みを浮かべるルシスがこの時ばかりは一人の人間のような気がした。