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「……あの喧しいのは?」
戻ってきたマサシはジャックがいない事に気付き、顔を顰める。
「ああ、ジャックには伝令に行ってもらった。」
「………………頼むから、勝手な行動は止めてもらえないか?」
弱り果てたマサシにカイザーは苦笑し、ルシスは恐いほど冷たい目をしている。
「貴方がたに任せていて、こちらに害は一切無いというんですか?」
「……。」
「それならば、僕たちも考えましょうが、どう考えてもそれは無理な話でしょう。」
「……。」
「ですから、僕たちは動くんです。」
「……分かった。分かったが、勝手な行動は出来るだけ控えといてくれ。」
「さあ、どうでしょう。」
「……。」
マサシは眉間に皺を増やし、ルシスを睨んだ。
「僕たちは兄さんにしか従わない。他のヤツになんか従うはずが無い。」
「……それでも、ここは俺たちの領土だ。」
「まあ、そうでしょうね。もし、兄さんや姫に何かあれば、僕たちは容赦なく君たちの国を訴えるだろうね。」
「………それならば、この国の姫を害せば、俺たちも黙ってはいないだろうな。」
マサシの冷たい目にルシスはクスリと笑った。
「君は本当に正直者ですね。」
「……。」
「ですが、本心は隠すのですね。」
「何の事だ……。」
マサシは警戒心を強め、ルシスを睨んだ。
「君はこの国の「姫」でも「ユウリ」さんだけに執着しているようですね。」
マサシは苦虫を噛み潰したような表情をした。
「そんな訳――。」
「ありますよね?君の目を見ていれば分かりますよ。」
「……。」
マサシは「やはり、こいつは嫌いだ」と思った。人の深い部分を見抜き、そして、それを甚振るように暴く、それが、こいつのやり方だと思った。
「君はユウリさんだけを見る眼は他の姫を見るよりもずっと優しく、そして、ずっと苛立っている。」
「…れ…。」
「きっと、ユウリさんが一人で何でもしようとするのが原因でしょうね。」
「…まれ…。」
「君は厄介な女性に惚れ込んでしまったようですね。」
「黙れ!!」
とうとうマサシの堪忍袋の緒が切れたのか、彼は怒鳴った。
「はぁ…ルシス。」
カイザーは溜息を吐き、咎めるような目で弟を見た。
「人で遊ぶな、すまない、マサシ。」
カイザーはマサシに対し頭を下げた。
「兄さん……。」
「俺の弟が無礼を働いた。」
「……。」
マサシはカイザーが頭を下げた事で、ようやく冷静さを取り戻した。
「嫌……、こいつの戯言に本気になった俺も悪いからな……。」
「そう言ってもらえたら助かる。」
「………第二王女の許可を得たから、向こうの塔に行こう。」
「ああ、すまないな。」
「嫌。」
ルシスは二人の会話を聞きながら溜息を一つ吐く。
(この人も婚期を逃しそうだ。僕の周りの人はどうしてこんなにも婚期を逃しそうな人ばっかりなのだろうか。)
ルシスはある意味自国の将来を気にしている。
何せ、自国の姫であるフローリゼルは兄カイザーにご執心。
兄カイザーは長兄なのに、家を継ぐ気がほとんど無いのか、結婚など考えない…いや、多分父辺りが勝手にお見合いでもしたら否とは言わないだろうが……、間違いなく血を見ることになるだろう。
姫と将軍がそうなので、他の部下は中々結婚できない。
(せめて、今回の旅で何か変化が見られればいいんですけど、難しいでしょうね……。)
ルシスは小さく肩を落とした。
「ルシス。」
「すみません、考え事をしていました。」
いつまでもついてこない弟に怪訝な顔を向けるカイザーにルシスは苦笑する。
「申し訳ありません。」
「……大丈夫なのか?」
「ええ、大丈夫です。」
笑みを浮かべるルシスにカイザーは苦笑する。
「無理はするな。」
「分かっています。兄さんこそ無茶しないで下さいね。」
「……。」
「そうじゃなければ、姫も泣きますし、部下も色々と言ってきますでしょうね。」
「ルシス……。」
「ですから、兄さんは怪我一つなく、無事でいてくださいね。」
有無を言わせぬルシスの笑みにカイザーは溜息を吐いた。
「善処する。」
「是非そうしてくださいね。」
「…………すごいな。」
思わず、そんな言葉がマサシの口から漏れてしまうほど、二人の遣り取りは凄かった。
「凄くはありませんよ。」
「そうだな。」
「……。」
「いつもの事です。」
「……。」
さらりと将軍に文句を言う副官の青年にマサシは顔を引き攣らせる。
「さっさと行きましょう、何かが起こってからでは遅いですし。」
「そうだな、リディアナや姫を巻き込みたくないしな。」
「ええ、チェレーノは只でさえ、面倒事に巻き込まれる性質がありますからね、何とかしなくてはなりませんね。」
「……。」
何とも苦労しているのだな、と思うマサシだが、実際、自身ユウリが心配なので、どっこいといっても良いだろう。
「ジャックたちはどうする?」
「構いませんよ、あれが死んでも僕には関係ありませんし。」
「ルシス……。」
「冗談ですよ、兄さん『風』を使って伝言だけで十分でしょう。」
そうだな、と頷き、カイザーは素早く風に伝言を託した。