23
リョウタは目の前の少女を睨んだ。
「オレを呼んだ理由を聞かせてもらおうか?」
「あら、このわたしに対してそんな口を聞くの?」
「お前が何者だろうが、ミナミの姉だろうが、オレには関係ねぇからな。」
「……。」
チサトは目を細める。それは氷を思わせる微笑だった。
「貴方が…いいえ、正確には貴方の家が裏を握っていなかったら、わたしは容赦なく貴方を潰せたのにね?」
「ふん、そのくらいの脅し、毎日聞いてるぜ。」
「……。」
「オレらの家はなりあがりが継げるほどお気楽じゃねぇからな。だから、毎日が揉まれまくって、この通りの性格だ。」
リョウタは自分がかなりやばい遣り取りをしている、と分かっていたが、それでも、引く事はしたくなかった。
「さてと、雑談はここまでだ。そろそろ本題に入ったらどうだ?」
「…嫌味なガキね。」
「へ~、姫がそんな汚い言葉を吐いていいのかよ?」
「……。」
チサトは眉根を寄せる。
「あんたみたいなガキに口答えされるなんて屈辱……。」
「ふん、こっちはこっちでてめぇみたいな女は嫌いだ。」
「……。」
「……。」
互いに互いを睨み付け合う、それはまるで天敵のように仲が悪かった。
「こんなんじゃ、日が暮れるな……。」
「そうね。」
二人はこれ以上言い争いをしていると本当に日が暮れると思い、まだまだ言い足りなかったが、本題に入った。
「最近、何か可笑しな動きを感じない?」
「ああ、確実に何かが動いている…そんな気がする。」
「だけど、それが何なのか、全く調べがつかない。」
「こっちの裏情報でも同じだ、本当は何もないんじゃないかと疑いたくなるが、残念ながら何もないっていう事はないんだな。」
「あら、何か知っているの?」
「オレの母の勘がそう言っているそうだ。」
何の根拠もない、とリョウタは肩を竦めるが、その目は決して疑っているような目をしていなかった。
「……そう、あの「月蓮華」を統べる人が、そう言っているのね?」
「ん。」
リョウタは鋭い目付きのまま頷いた。
「因みに母の勘は今まで一度も外した事がねぇからな、だから、今回の件は外れて欲しいが、多分無理だろうな。」
「そう、早急に手を打たないといけないようね。」
クスリと笑うチサトにリョウタはこいつに逆らってはいけない、と本能的に察するが、それでも、ミナミと一緒に居たい以上逆らうしかないのだと覚悟を決めた。
「ミナミを巻き込むなよ。」
「あら。」
釘を刺すリョウタにチサトはくすくすと笑っているが、その目は決して笑っていなかった。
「国の一大事に姫が巻き込まれないと思うのかしら?どの時代でも女は捕虜とされたりするわよ?」
「そうさせるな、と言っているだけだ。」
「……無理ね。」
リョウタは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「あの子は幼いとはいえ、この国の姫、この国を助けるために犠牲となるのはこの国の王族の役目だから。」
「……。」
「貴方は赤の他人、いいえ、庶民が口出しすること事態間違っているのよ。」
「煩せぇ……。」
リョウタは唸るように言う。その目は獣のように鋭く、しかし、理性がしっかりと宿る瞳だった。
「オレはあいつを守る、たとえ、てめぇを敵に回しても。」
チサトを敵に回すという事は、この国の全てを敵に回すという事だ。その事を知っているからこそ、リョウタは自分の命に代えてもミナミを守ると言ったのだ。
「……あのヘタレもあの姉にそれくらい言ってのければ良いのにね。」
「はあ?」
「何でもないわこっちの――。」
チサトが言葉をとめた瞬間、一人の男性が入って来た。
「マサシ。」
噂をしたら何とやら、とチサトは思ったが、その顔には全く表れておらず、いつもと変わらない仏頂面だった。
「お話のところ申し訳ありません。」
凛とした声が響くが、その表情はかなり強張っていた。
「……何が起こったの?」
「侵入者のようですが、全くその足が掴めませんでした。」
「そう、貴方でも無理だったのね。」
チサトはマサシがその年の割にしっかりしている事を知っていた。だから、今回の侵入者を捕らえられない事は敵が強大な何かだと察した。
「…何かが起こり始めているんじゃなくて、もう既に起こっているようね。」
「……。」
「あ~、面倒な事になったな。」
リョウタはぼやくように言うが、その目は好戦的で口元には笑みすら浮かんでいた。
「マサシ。」
「はい。」
「客人に悟られずに。」
「それは既に遅いです。」
「……。」
チサトは有能すぎる部下も考え物ね、と思いながらマサシに別の指示を飛ばす。
「それならば、姉に知らせてきなさい。」
「御意。その時にあちらの騎士も連れて行っても構いませんか?」
「…仕方ないわね、今は一人でも多くの手が欲しいわ。」
使えるものなら客でも使えというチサトにマサシはなれているのか平然とした顔をしているが、何も知らないリョウタは呆れ顔をした。
「御意。」
「お前も大変だな。」
思わずリョウタが呟いた言葉にマサシは一瞬がだ苦い顔をした。
「…………仕事だからな。」
「……まあ、頑張れよ。」
苦労しているのは自分だけじゃないのだとリョウタは心から思ったのだった。