22
時間は少し遡って、ユウリがフローリゼルたちと廊下を歩いていた頃、こちらもまたマサシが客を部屋に案内していた。
「はぁ…。」
「何ですか、幸薄いジャック。」
「おい、誰が幸薄いだ。」
「君ですよ、君。」
「うがあああああっ!」
完全に壊れかける一歩手前のジャックに対し、ルシスは涼しい顔で腹違いの弟を虐める。
「好いた女性一人を落せないなんて、男の恥じですよ。」
「つーか、この中で彼女いるのてめぇだけじゃねぇかよ。」
「それがどうしましたか?」
「カイ兄はどうなるんだよ!」
「兄さんは別ですよ、兄さんには幸せになってほしいので慎重で構わないんですよ。」
ニッコリと微笑むルシスは氷のように冷たかった。
「変な女性に引っかかりでもしたら困りますし、それに、兄さんの相手はやはり僕たちの目でちゃんと見ないといけませんからね。」
「……。」
今更だが、この兄の恐ろしさを思いしたような気がした。
「……んあ?」
「……。」
「……これは…。」
「……マサシ。」
「ああ。」
気配に聡い五人は何かを感じ、代表としてマサシとカイザーが窓から外を見た。
目を凝らし、遠くを見る。
変わったところはない、だが、流石に誰か一人だけならば気のせいですむだろうが、五人が感じ取ったのだ。
「どうする?」
「……取り敢えず、俺は戻って、チサト様にこの事を伝えてくる。」
「分かった。」
「その時に、反対側の塔に入れるか許可を貰う、しばらくかかるはずだ。」
「ああ、もし変化があれば伝える。」
「頼む。」
「分かった。」
マサシはきびきびとした動作で先程までいた部屋へと戻っていく。
「兄さんどうします?」
「……そうだな。」
「こんな時にリディが居ればな~。」
暢気な事を言うジャックにルシスは笑みを浮かべる。
「兄さん。」
「ん?」
「ジャックを偵察にやればいいんですよ。」
「だが……。」
渋るカイザーにルシスは笑みを深める。
「大丈夫ですよ、一応こいつでも並みの人たちよりは強いですし、死ん――いえ、何でもありませんよ。」
本音の一部を聞いてしまったジャックは顔を強張らせる。
ルシスは家族に甘い、だが、それに当てはまるのはカイザーとリディアナだけだ。残りの父はどちらかと言えば嫌い、二人の母はある意味守られるだけの人じゃないし苦手だ、そして、ジャックは彼直々に鍛えたものだから、たとえ死んでも何とも思わないだろ。
「ルシス。」
「はい。」
静かな声音にルシスは兄を見る。
「悪いが、少し風を感じられる場所に行く。」
「……兄さんがやる事じゃないと思いますが……。」
「いいんだ、それに、リディアナの協力も得たいし、注意を促しておきたいからな。」
「分かりました。早く戻ってきてください。」
「ああ。」
カイザーは目元を和らげ、廊下を歩き、バルコニーを見つけ、そこから外に出る。
「……。」
目を閉じ、風を感じる。
温かな風、自分たちがいた場所では今は冬だったので、凍りつく風じゃなく温かな風に違和感を覚えた。
「そりゃ、国が違えば環境も違うよな…。」
小さく苦笑するカイザーは一陣の風を捕まえる。
『風よ、その力を宿し我が妹に言伝を――リディアナすまないが、俺と一緒に風読みを始めてくれないか?今しがた変な気配がした、だから、頼む…。』
カイザーたちの大陸では五つの国が存在しており、その中で風の加護の地、水の加護の地、火の加護の地、地の加護の地、そして、草木の加護の地がある。
その中でカイザーたちの国アルテッドは草木の加護が強い国だが、カイザーたちにはそれぞれ違う国の血が流れている。
父は地の加護を受けた国の現国王の兄に当たる人物で地の加護を得ている。
カイザーとリディアナの今は亡き母親は風の加護の地の生まれで、元皇女の姫君だった、しかし、許嫁候補でもあった父親の出奔に付き合い、アルテッド国まで来たのだった。
ルシスの母は水の加護を受けた国の生まれの皇女で、父親の許嫁候補の一人でカイザーたちの母とは仲が良く、それは旦那さんよりもカイザーたちの母を大切にするほどだった。
ジャックの母は火の加護を受けた国の皇女で、父親の許嫁候補の一人でルシスの母と同じくカイザーたちの母親とは仲が良かった。
そして、その血はしっかりとカイザーたちにもしっかりと受け継がれていた。
カイザーは地の加護を強く継いでいるが、それでも、母の血もあり風の加護も受けている。
ルシスは母親の水の加護が強すぎるのか、父親の地の加護は全くなかった。それはジャックやリディアナも一緒で、ジャックは火の加護だけを、リディアナは風の加護だけを持っている。
『兄様?』
『リディアナか?』
『ええ、何がどうなされたんですか?』
風を通じて二人は離れた場所から会話する。因みにそんな事が出来るのはカイザーとリディアナだからできる事だった。
もし、ルシスやジャックだったなら言葉を聞くだけで、返事など出来ないのだった。
『先程怪しい気配があった、そっちには異常は無いか?』
『ありません。』
『そうか…杞憂で済めばいいんだがな…。』
『兄様は嫌な予感がするんですか?』
心配げなリディアナの声にカイザーは苦笑する。
『ああ、外れて欲しいと思うが…こればっかりはな……。』
『兄様。』
『リディ始めようか?』
『はい。』
二人の兄妹はそれぞれの場所で怪しい気配を探った、しかし、彼らの力でも先程の気配を感じ取る事は出来なかった。