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場所はレナーレの商家、そこで少年はいつものように家業の手伝いをしていたのだが――。
「また、てめえらか。」
少年は胡乱な目付きで、目の前に突っ立っている二人の男を睨みつける。一人は武官のような格好で腰に剣を佩いていて、もう一人は文官のようだった。
「何のようだ。」
「……。」
少年――リョウタは近くにあったシャッターを下ろす棒を掴んだ。
「毎回、毎回邪魔されるこっちの身になって見やがれっ!」
「……血の気が多いな。」
武官の方の男――マサシはポツリと呟いた。
「てめぇ…。」
リョウタの目がスッと据わる。
「それが言いたくて来たのか?」
「……そんな訳ないだろう。」
「……。」
リョウタは本当かよ、と思うが、これ以上話が脱線して、商売の邪魔になっては堪らないと思い、突っ込む事はしなかった。
「一体なんのようだ、いつもはただのぞきに来るだけだったが、今回は何だよ!」
「説明はするさ。」
「……お前らどこかに飼われているもんだよな?」
「飼われてるって、お前な……。」
「お前らみたいなお偉いさんと知り合いになったつもりはねぇ、一体なんのようだ。」
「……マサシ取り敢えず名乗ろう。」
「……。」
マサシは文官の男ユーマをジロリと睨んだ。
「俺は王族つきの騎士で将軍の地位を持っているマサシという。」
「おれは文官で、宰相に就いているユーマという。」
「……そんなお偉いさん達が揃いも揃ってなんのようだよ。」
リョウタは怪訝そうに顔を顰める。
「単刀直入に言う。」
「何だよ。」
「最近、お前のところに一人の少女が来るだろう。」
「……。」
リョウタは思い当たる節があるのか、警戒心を強めた。
「……その様子じゃ、分かっているだろう。」
「……知らないといったらどうする?」
「嘘は吐かない方がいい。」
ユーマは優しげにそう言うが、その目は笑っていない。
「……知っているが、お前たち、あいつをどうする気なんだ?」
「…どうも出来ないさ、ただ、お前に注意しときたいんだ。」
「あいつが……。」
リョウタは無意識自分の胸にかかっているネックレスに手を伸ばす。これは彼らが言う少女がリョウタにあげたものだった。
「あいつが――。」
リョウタはほんの一瞬目を瞑り、勇気を振り絞る。
「姫だからか?」
「……知っていたのか。」
「何時知ったんだ?」
「あいつに初めて会った時からだよ、あいつは直向に自分の身分を隠そうとしていたが、相手が悪かったな。」
「どういう意味だ?」
「オレの所の取引先は王家にもあるんだよ、オレがものすごく小さい時に一度だけ、中に入った事がある。」
「……その時に会ったのか?」
「いや、正確には見かけただけだ。」
*
幼いリョウタは大人の話など難しくってじっとなどしていられず、あちらこちら物珍しそうに辺りを見渡していた。
そして、窓の外で自分と年の近そうな少女が石か何かに躓いたのか、ど派手に転んだ。
「………。」
リョウタはその時あきれ返った。
少女は転んだ事に驚いて泣いているのか、それとも怪我をして泣いているのかリョウタには分からなかったが、それでも、彼は彼女の元に行く事も出来ず、ただ、彼女を見ていた。
少女の側に彼女よりいくつか年上の少女が駆けつける。
少女は年上の少女に抱きつき、声を上げ泣き続けた。
「……よく泣くな。」
ポツリと呟いた言葉は幸いにも大人たちには聞き取られなかった。
年上の少女はなれた動作で少女の頭を撫でた。
そして、しばらくして、ようやく彼女が落ち着いたのか、年上の少女から顔を離した。
年上の少女は少女に何か言って、そして、少女は頬を膨らませた。
ころころと変わる少女にこの時リョウタは興味を引かれた。
少女は何か年上の少女に言うが、年上の少女は急に笑い始めた。
少女の方ははじめの方こそは不機嫌な顔で年上の少女を涙目で睨んでいたが、不意に花が開いたかのような笑みを浮かべた。
この瞬間リョウタの中で何かが芽生えたが、それを確かめる余裕もなく、大人たちの話し合いが終わり、無情にもそのまま退室する事になった。
だから、リョウタはこの時芽生えた初恋の存在を知る事もなく、それから、数年の月日が流れた――。
*
「まあ、あのドジを見なければ気付かなかっただろうな。」
「……。」
「……。」
マサシもユーマも少女を知っているのか、微妙に納得したような顔をしている。
「それで、俺に注意とは身分の事か?」
「違う。」
リョウタは意外そうな表情を浮かべる。
「身分の差なら、俺たちがこの役職に立つ事はないさ。」
「どういう意味だ?」
「俺は下級貴族だし、ユーマは庶民の出た。」
「……。」
「まあ、そういう事だから、別段お前にその注意はしない、ただ、姫だと知っているのと、知らないでは大きな差があるからな。」
「多分、オレは知らなくたって、あいつはあいつだと思う。」
「そうか。」
マサシはリョウタの顔が子どもの顔ではなく、一人の男の顔をしているのを見た。
「それなら、命を懸けてでも守ってくれるか?」
「……さあな。」
リョウタは安い誓いはしない、命を懸ける程の存在なら別だが、あの少女はまだ発展途上で、王女としての先が分からない。だが、リョウタは少女自身なら、守ろうと思っていた。
だけど、彼はその事を決して口には出さなかった。