18
「ご苦労様、マサシ将軍。」
冷たい声音が頭上から聞こえ、マサシは首を垂れる。
「こんな鄙びた国までよくぞ、おいでくださいました。」
「ご歓迎していただき、心より喜びもうしあげます。」
凛とした声にチサトは口元に笑みを浮かべた。
「女の身で国を統べるもの同士、堅苦しい言葉は止めにしませんか。」
「ええ。」
フローリゼルはニッコリと微笑むそれは春を思わせる笑みだが、チサトは冬を思わせるような冷たい笑みだった。
「さて、わたしの名前はチサト、この国の第二王女であり、今この国を統べる国王代理です。」
チサトは上に立つ者の威厳を持っており、フローリゼルの国の騎士たちはこんな幼い姫がと驚きを隠せなかった。
「わたくしはフローリゼル、アルテッド国の姫です。」
「そして、後ろに控えるのは貴方の国の騎士、カイザー、ルシス、ジャック、リディアナですね。」
鋭い視線が三人の男性と、一人の少女を射る。
「……………ふぅ。」
緊迫した空気だったが、唐突にそれは消された。
「チサト、すごむのは止めなさい。」
凛とした聞き覚えのある声に、アルテッド国の者たちは戸惑いを隠せなかった。
「ゆ、ユウリ?」
「……。」
ユウリは先程の騎士の服装ではなく、女性らしいドレスを纏っていた。
「ごめんなさい、申し遅れました。」
ユウリは優雅にドレスを掴み、お辞儀をする。
「レナーレ国、第一王女、ユウリと申します。」
「えっ!」
「――っ!」
「嘘っ!」
「「「……。」」」
「マジかよ……。」
あまりの驚きようにユウリはそこまで意外だったのかと、苦笑を漏らした。
「第一王女といってもただの置物ですけどね、実際は国を守る騎士になっていますから。」
「そうなの?」
「ええ、自分で決めた事なので。」
「……。」
フローリゼルは目に見えて落ち着いてきた、そして、穏やかな笑みを浮かべた。
「それならば、余計に敬語はいらないわ、ユウリ。」
「……。」
ユウリは苦笑を浮かべるが、自分が王女だと知られた今ではそれでも構わないのかもしれないと思った。
「分かった、フローリゼルには負けるわ。」
小さく肩を竦めるユウリにフローリゼルはクスクスと笑った。
「ふふふ、嬉しいわ。」
「そんな大層な人物でもないけど?」
「あら、わたくしと対等に接してくれる方は貴重よ?」
「……まあ、そうね。」
ユウリも経験があるのか、苦笑を漏らす。
彼女自身も王女という立場の所為で、騎士となった当初は周囲の者に遠巻きにされていた、今でこそ彼女の実力を認め、多くの人が彼女についてくるが、それでも、王女という壁を壊したのはマサシだけだった。
ただ、彼もユウリを王女としてみる、それだけは、他の人たちと変わらない点であった。
「お姉様……。」
地獄の底から響いてくるような声音にユウリの肩が跳ねた。
「ち、チサト?」
「私語は止めてくださいますか?」
「……。」
「ここは公の場、お姉様が勝手にしてはいけないことくらい分からないの?それに……ミナミっ!」
ずっと壁の方にいたミナミは唐突に怒鳴られ小動物のように体を震わせた。
「貴女いつまでそのような格好をしているの!」
「だ…だって……。」
ミナミが着ているのはいまだ一般人の格好であった。だから、チサトが怒るのは無理ないのだが、般若のような顔で怒られるミナミは可哀想だろう。
「だってじゃないわ。」
「…ううう……。」
今にも泣き出しそうなミナミにチサトは更に畳み掛ける。
「貴女には王女であるという自覚はない訳?そんなんだから、いつまで経っても馬鹿なままなのよっ!」
「うわあああああん……。」
とうとう泣き出してしまったミナミにユウリは頭痛を覚えたのか頭を抱えている。
「ふんっ!」
鼻を鳴らすチサトに一人の者が笑った。
「……ルシ兄。」
唐突に笑い出したルシスにジャックはギョッとなる。
「ふははは……。」
「……うげぇ…壊れたか?」
「誰が壊れたんですか?」
冷たい目はチサトと同じかそれ以上の威力を持っている。
「貴女は素直じゃありませんね。」
「下々の者が何を言うのから?」
「……軽んじられたくないから、そのような言い方をするのでしょう?」
「何がかしら?」
チサトとルシスの冷たい目のにらみ合いが始まり、ユウリの胃がきりきりと痛み始めた。
「ううう…痛い……。」
「大丈夫ですか?」
「う…うん、ごめんね。妹が貴女の騎士にちょっかいを出して。」
「いえ、こちらこそ、ごめんなさい。」
フローリゼルとユウリは互いに隣に立ち、二人の様子を見守る。
「……止めなくてもいいのか?」
「ああ、大丈夫だろう。」
「……。」
「そっちは大丈夫なのか?姫なのに構わないのか?」
「俺が止められるんなら、始めから止めているさ。」
「そうか……。」
マサシとカイザーの会話はかなり落ち着いているようだったが、チサトとルシスの戦いは激しさを増していく。
しかし、それを止められるような勇者はこの場にはいない。
二人が鎮火するまで、ユウリたちは待つ事しか出来なかった。