16
カイザーは静かに意識を回りに集中させ、危険が無いか探った。
「兄さん……。」
「ルシス。」
「大丈夫ですよ、危険はありません。」
「分かっている、つい癖が出た。」
「仕方ありませんよ、昔牢に入れられたんですからね、しかも無実で。」
カイザーは苦笑を浮かべ、ルシスもまた苦笑を浮かべているように見せているが、腹の中ではカイザーを閉じ込めた自分たちの従兄に当たるあの男を思い出し、心の中で何度も剣を突き刺した。
「兄様?」
「リディ?」
「兄様、心配事でもあるんですか?」
リディアナは真剣な顔で聞いてきた、もし、カイザーが何か言えば間違いなくそれを排除しそうな勢いであった。
「何でもないさ。」
カイザーは手を伸ばして、彼女の漆黒の髪をクシャリと撫でた。
「本当に?」
「ああ、もしあっても、お前たちがいるんなら何でも乗り越えられるさ。」
「………そうだね。」
リディアナはホッとしたかのように微笑んだ。
「あたしたちが兄様と共にいれば、間違いなく勝てるね。」
「ああ。」
「すみません、兄弟の仲を深めているのは分かりますが、皆が待っております。」
「あっ、悪い。」
「……ごめんなさい、ルシス兄さん。」
二人の兄と妹が揃って肩を落すものだから、ルシスが苦笑を漏らす。
「大丈夫ですよ、文句をいう者がこの隊にはいませんから。」
「だがな……。」
ルシスはニッコリと微笑んだ。
「大丈夫ですよ、そんな事を兄さんにいう人がいたら《嫌みったらしく》僕からお話しします。」
「……いや…、お前の手を煩わせるのは。」
「いいえ、大丈夫ですよこれは《僕ら兄弟を侮辱する人たちに対する地獄の》教育ですから。」
「……そうか。」
「ええ。」
この会話を聞いていたら間違いなく通常の会話に聞こえるが、腕を組んで壁にも垂れながら彼らの会話を聞いていたジャックなどは呆れていた。
「えげつねぇ……。」
「同感だ。」
ジャックの隣にいたエルがジャックの言葉に同意した。
「おっ、お前がオレの意見に同意するなんて珍しいな?」
「ふんっ、貴様がもっとまともならば、わたしだって否定しない。」
「そうなのか?」
「ああ、貴様がいつもフラフラといい加減なのがいけないんだ。」
「お前はいつもオレの事をそう見てたんだな?」
ジャックは顔を顰め、エルを恨みがましく睨んだ。
「それがどうした。」
「……はぁ、オレも人の事は言えないのかよ。くそっ、顔だけのルシ兄が羨ましいぜ。」
「ルシスさんは顔だけじゃありません!」
「はあ!」
突然現れたチェレーノにジャックは本気で驚いた。
「お、お前…いつのまに……。」
先程までフローリゼルと談笑していたチェレーノがいつの間にか怒りで顔を真っ赤にさせ、ジャックに突っかかってきた。
「訂正してください!」
「あっ…ああ。」
気迫に負けジャックは大人しく頷く事しかできなかった。
「ルシスさんは優しいです!わたしなんかの為に稽古をつけてくれますし、それに、いつもわたしが困っていると助けてくれます。」
「あ…ああ、そうだな《チェレーノ、てめぇだけだけどな…後カイ兄とリディ限定だけどな~、他の連中には冷酷だしな……》。」
「何失礼な事を考えているのかい?」
「《げっ!》ルシ兄、何時の間に……。」
「今しがたですよ、ジャック。」
ジャックは思わず後退りし、兄から逃げようとするが残念ながら背後は壁だ。
「逃げれると思っているのですか?」
「……。」
ジャックの顔が引き攣る。
ルシスの邪悪な気がジャックを凍りつかせようとした瞬間、救世主が現れる。
「ふあっ!」
「お、おい…ミナミ。」
一人の少女が目を輝かせ、その隣では少年が少女を小突いた。
「……お前ら誰?」
「……。」
ジャックの疑問はここにいた全員が思ったものだが、こういう事だけには察しのいいカイザーは即座に膝を折る。
「に、兄さん?」
「…兄様?」
「カイザー?」
「カイ兄?」
「「将軍?」」
「……。」
驚くアルテッド国の面々を無視し、カイザーは顔を上げない。
「……え~と、顔を上げてください。」
困ったような声を出す少女に隣の少年は呆れたように言った。
「お前な、仮にもこの国の姫だろうが……。」
「う~…そうかもしれないけど……。」
「そうかもじゃなく、そうだろうが……。」
肩を竦める少年の言葉に、その場の全員《カイザーを除く》が凍りつく。
「こ、この国の姫って……貴女は…いや、貴女様は?」
「え~と、レナーレ国、第三王女ミナミと言います。」
「……。」
「……。」
「……マジかよ。」
「こら、ジャック。」
「静かにしましょうよ…皆さん。」
「……。」
こっそりと話す面々に少年は深い溜息を吐いた。
「まあ、見えないだろうな……。」
幸いにも、失礼な事をさらりと言った少年を咎めるものはこの場所にはいなかった。