ルカ・ポアネスという不良12
「どーもー。ルクレア様。毎度おおきに。またご依頼頂けて嬉しいわ~」
放課後の、4階多目的教室。
予め結界を張って置いたそこに、指定した通りキエラは現れた。
榛色の目を猫の様に細めながら、両手を揉み揉み体勢を低くする様は、相変わらず怪しげな商売人オーラを纏っている。
「で、今回は何の情報をお求めで?…今度こそ、マシェル・メネガ様の好感度を…」
「ち が い ま す わ」
思わず、大声でキエラの言葉を遮った。
知りたくない。前回みたいに無料でも、絶対そんな情報要らない。
聞いたら後悔すること間違いないから…っ!!もう自分自身に言い訳とか誤魔化しとか聞かなくなるから…っ!!
「…ごほん」
気を取り直すように、わざとらしく咳払いを一つ漏らす。…駄目だ、駄目だ。こんな風に動揺を表に出しちゃいけない。
情報を扱う人間というのは目端が聞くのだ。
「…今回は、誰かの好感度を知りたいわけでないんですの。純粋に貴方から、情報を買いたいだけですわ。能力とは関係なく」
「へぇ…珍しい依頼やなぁ」
私の言葉にキエラは目を輝かせた。その表情は、どこか愉しげで、嬉しそうだ。
「いつもいつも、私に対する依頼は能力絡みばっかで、そういう正統派な依頼は滅多に来んくて。なんか、ちょっとわくわくしてきましたわ。…ルクレア様はそれで、何を知りたいんです?」
「期待させてしまって悪いけど、そんなに入手が難しい情報というわけではないですわ。…貴女なら既にもう、持っている情報ですもの。でも、貴女以外知りえない情報って言ってもよいかしら?」
残念ながら、情報屋の仕事のメインかつ腕の見せ所である情報収集は、全く必要ない依頼である。
意図せずとも勝手に手に入っているだろう情報だ。それをただ提供するだけというのは、情報屋の仕事としては、ちょっと物足りないかもしれない。
だけどその情報は、私にとっては、必死に苦労して収集してもらう情報なんかより、よほど価値があるのだから仕方ない。
「……武術大会まで、二週間を切りましたわ。デイビットは最近どうしているのかしら?」
話している途中でどこか気恥ずかしくなり、最後は思わず口元を扇で隠して視線を逸らしてしまった。
思いがけない言葉にきょとんとしているキエラの表情が、居たたまれない。
キエラは一瞬黙り込んだあと、小さく噴き出した。
「何や、ルクレア様。改めて依頼してくるから、どないな話かと思いましたら…っ!!金払って、そないなこと聞くとかどんだけ勿体無いことしとるんですか~。そんなこと、普通にデイビットに聞けばいいやないですか」
「……そう簡単には聞けないから、貴女に依頼したのですわ」
「まぁ、隷属契約結んでいる以上、主のすることにはなかなか口を出せんでもしゃあないっちゃ、しゃあないかもしれませんが…にしても、遠慮しすぎちゃいますか?大貴族ボレア家のお嬢様ともあろう方が」
く、屈辱…!!
今、グレーゾーンでこそあるものの、キエラの言葉若干私の琴線触れたぞ…。
発言にどこか馬鹿にするかのようなニュアンスが感じ取れて、思わず口の端が引きつった。
だが、耐えろ…私…。今はそんなことに、腹を立てている状況で無い。
プライドは捨てて、情報を得ることにただ専念するんだ…。
「…私のことはどうでもいいですわ。そんなことより、早く最近のデイビットに関して教えて頂戴」
「へいへい。お嬢様の仰せのままに」
茶化すような返答がさらに私の琴線を揺らし、ぴくぴくとこめかみの辺りが引きつったが、大きく息を吸い込んで、湧き上がってくるものを抑え込む。
…しかし、キエラ。前あった時も、こんな腹が立つようなキャラだっけ…?気のせいかもしれないけど、なんかわざと私のこと怒らせようとしてないか。
「…しっかし、最近のデイビットの動向なぁ。いつも通り、特に変わったことしとらんけど」
私の疑念をよそに、キエラは顎に手を当てて片眉を顰めて思案しはじめた。
そんなキエラの様子に、私は一端キエラに対する疑惑を脇に置いて、質問に集中することにする。
「いつも通りって、具体的にはどんな状態なのかしら?いつも部屋では、デイビットはどうやって過ごしているのかしら?」
「――基本デイビットは、部屋では、勉強と寝る以外はせんし、そもそも夜中にならんと部屋に帰って来んで」
…え?
じゃあ一体、夜中までどこんで何してんの?
思わず困惑の表情を浮かべた私に、キエラは口端を吊り上げながら、想定外の情報を口にした。
「デイビット、あいつな。放課後になると一人森ん中に篭って、夜中まで延々体鍛えてんのや。入学してからずうっと。雨の日も、風の日も、一日も欠かすことなく」




