エンジェ・ルーチェを騙る悪魔
神さま、仏様、ゲームの製作者様。
私が今、目にしている光景は一体どういうことなのでしょう。教えてください。
一体この乙女ゲームの世界に何が起きているというのですか?
エンジェちゃん探索は、あっという間に終了した。
すぐ近くの人気が無い女子トイレに、不自然にかかっている結界魔法。
ずぶ濡れで人目が付かないようにトイレに逃げ込んだんだなと、すぐさまピンときた。
聖魔法のスペシャリスト設定なエンジェちゃん。若干魔法傾向として異なる部分はあるものの、結界魔法も得意分野らしい。なかなか複雑で解除が難しい魔法式を展開している。
しかし、忘れちゃいけない。私は超ハイスペック人間なのだ。精霊召喚以外にも、魔法分野のあらゆる方面に秀でている。精霊に頼らずとも、あらゆる分野の中級程度の魔法は展開できるくらいの実力を持っているのだ。
そして、ボレア家は、魔法知識を得るには最高の環境である。最高の結界魔法の解除の知識も、一般人ではけして知りえないマル秘な情報ですら、大貴族ボレア家の情報網を使えば簡単に手に入れることが出来るのだ。そして、私はエンジェちゃんが展開していた結界魔法の解除方法を、特別なつてを持って既に会得していた。
指先に魔力を貯めて、展開されている魔力式を指で撫でるように弄ると、あら簡単。そこには、式を変更した人間だけが通れる目に見えない穴が開く。
私はただ、その穴を悠々と潜り抜ければいい。
ちなみに契約精霊は、結界において契約者の一部とみなされるため、サーラムたちが通り抜けるのも全く問題がない。
中にエンジェちゃんがいても気付かれないように結界を通ると、その先の洗面台で、項垂れるように両手をつけて体をかがめる、エンジェちゃんの姿が見えた。
――ビンゴ!!やっぱりここにいた。流石私!!天才!!
内心で自画自賛しながら、そっと壁に身を隠すようにして、エンジェちゃんの様子を観察する。
急に声を掛けるのもあれだし、せっかくだから登場のタイミングを伺おう。なんかわくわくすんね、こういうスパイちっくな行動。
エンジェちゃんは私の登場に気づく様子もなく、洗面台に向かって何かぶつぶつと独り言を呟いていた。
…うん、なんだか見てはいけない物を見てしまっている気分だな。ちと怖いよ、エンジェちゃん。
だけど何を言っているのか気になったので、独り言を聞き取るべく耳を澄ませてみる。
「…の、糞女…いつもいつもくだらねぇ、嫌がらせしてきやがって…ぜってぇ、いつか泣かす…徹底的に泣かす…泣かせて、土下座させて、地面に額押し付けてやる…額地面に押し付けた状態で、後頭部踏みつけてやる…」
…ちと、どころじゃなかった。
か な り、 怖 か っ た。
ひぃっ、この糞女って、絶対私だよね!?あれ、私エンジェちゃんにかなり恨まれている!?
いや、恨まれておかしくない行動とって来たけど、確かにそうだけど…おっかしーな…原作のエンジェちゃんは、罪を憎んで人を憎まずって感じの天使だから、直接的にルクレアを恨む様子は無かったのに。だからこそ、結構思う存分好き勝手やってきたのに。結構この展開は誤算だぞっ!?
…てか、エンジェちゃん。結構口が悪いのね。原作では普通に女の子らしいしゃべり方なのに。
もしかしてエンジェちゃんも転生者か?だから結構バグってるとか、そういうオチ!?
戸惑う私を置いてけぼりにしたままに、その先にはさらなる衝撃的展開が待っていた。。
「…水吸って重ぇな、鬱陶しい…」
不機嫌そうにそう言って、頭に手を当てるエンジェちゃん。
そして、天使の輪が輝く、最高のキューティクルを持つ金色の髪をやや乱暴に鷲掴み、
「…え」
――そのまま、洗面台へ向かって投げ捨てた。
「――あぁ…さっぱりした…邪魔くせぇんだよな、これ」
凝った首元をほぐすかのように、こきこきと首を鳴らしたエンジェちゃんは、金色の髪の下に隠れていた、短い漆黒の髪を、ため息と共に搔きあげた。
…え、え、えぇー!?
あのすんばらしいブロンドヘアが、まさかの鬘だとっ!?