オージン・メトオグという王子24
そこから、今の関係に至るまでは、非常に長かった。
懇願し、謝罪し、拒絶され、罵倒され、衝突し、罵り合い。
そんなことを繰り返して、そう、それこそ10年ほど何度も何度も繰り返して、ようやく今の関係になれた。
精霊達を力で捩じ伏せ、従えたことそのものに後悔はない。4体は私にとって、いまや必要不可欠ななくてはならない存在となっているのだから。無理矢理でも主従契約を結んだことは、けして間違いではなかった。
だけど、その後の精霊に対する向き合い方は、今でも時折、思い出したかのように悔恨に苛まれる。自分がいかに愚かだったかを、何度も反芻せざるえない。
「…マスター、マタ出会ッタ時ノコト、気二シテルノ」
「スンゲェ、不細工ナ顔ナッテンゾ。…笑エ。マスターハ、笑ッテタ方がイイ」
「今デハ、マスター二出会エテ良カッタト、思ッテマスヨ」
「マスタ…マスタ、ガ…マスタ、デ、良カッタ…」
「――お前ら、また命じてもないのに勝手に出てきて」
いつの間にか勝手に出て来ていた4体の精霊に思わず笑みが漏れた。
命じてもないのに、勝手に出てきて、慰めてくれる。そのことが、たまらなく嬉しい。
彼らは彼らの意志で、落ち込む私の気配を察して、自発的に出て来てくれた。
ただ命令をこなすだけだった当初では、ありえないことだ。
4体まとめて、そのまま両手で掻き抱く。
「シルフィ。サーラム。ディーネ。ノムル。…大好きだよ」
「私モ、マスター大好キダヨ」
「…仕方ネェカラ、コノ先モ傍にイテヤル」
「マスターハ私タチガ、何ガアッテモ、守リマス」
「マスタ…俺ノマスタハ…ズット、マスタ、ダケ…」
思わず泣きそうになった。
心の底から大好きだと言えて、そしてその気持ちを返して貰えることは、こんなにも幸せだ。温かいものが胸の奥に広まるのを感じながら、私はディビットに視線を戻す。
「ご主人様の隷属魔法を、私は否定はしません。それを否定することは、私とこの子達の絆を、否定することだから」
「……」
「やったことが、そのまま自身に返って来ているだけです。だから、私はこの子たちのように、全力でご主人様に従いましょう。尽くしましょう。…ご主人様が、私の大切なものを汚さない限り、私はあなたの忠実な下僕でいます」
そう、きっとそれが、世界の摂理に従うことだから。
ディビットは私の言葉に、暫く何か考えるように黙り込んでいた。
「…変な女」
そして、口を開いたかと思えば、悪口を言ってきた。…こいつは、暴言しか言えんのか。ちょっと言葉のマナー講座にでも行って来い。マジで。
「変な女だな、てめぇは…だけど、嫌いじゃねぇ」
悪魔様は何かに吹っ切れたかのような、自信に満ちた笑みを浮かべた。そして勢いよく立ち上がる。
…どうやら、腰は治ったもよう。やばい。結構好き勝手言ったから、今度こそ悪魔様の拳骨に見舞われるかもしれぬ。に、逃げたい…。
しかし、幸いなことに、悪魔様の機嫌はとっても回復していた。
「――ディビットだ」
「?」
言われた言葉の意味が咄嗟に理解できなかった。
えぇ、悪魔様の本名ですよね。知ってますよ。ちゃんと心の声でも、時々呼んでおりますよ。時々。
「ご主人様とか、気色悪ぃ呼び方、いらねぇ。ディビットと呼び捨てにしろ。あと、うざってぇ敬語もやめろ」
…何ですと!?え、どういう心境の変化!?
「…いいの?」
「とってつけたかのように、へりくだられる方が、気分が悪ぃ」
そう言うなら、遠慮なくタメ口聞かせて頂きましょう。
素の状態で、敬語とか結構疲れんだよね。らっき、らっき。
「――ルクレア・ボレア」
真っ直ぐに向けられた視線に、ぞくりとした。
佇むディビットは、様々な身分が高い人物と接してきた私からしても、畏怖を感じるような威圧感を纏っていた。
人を支配するものの、王者のオーラだ。
「認めてやるよ。てめぇは使える、優秀な下僕だ」
「…」
「てめぇの大切なもの?とやらを侵さねぇ程度で、今後は心置きなくこき使ってやる。せいぜい、俺の役に立てよ。ルクレア」
…あれ、私もしかして選択肢やら何やら間違えた?
いつか脱出するつもりだったのに、ガチ下僕フラグ立っているやないかーい。おい。