オージン・メトオグという王子16
「…協力してくれるのかい?」
驚いたように目を開くオージン。…白々しい仕草だなぁ。そう返って来るって確信してやがった癖に。
「エンジェと殿下が二人で会える場所をセッティングするだけですわ。それ以上は何もしないし、その場に私も同席させて頂きますけど、それでもよろしくて?」
「いいよ!!とても、助かる!!ありがとう。ルクレア嬢!!」
満面の笑顔で私の手を握ると、オージンは私の手の甲に何度も口づける。
…この国における最上の感謝の表現だとは分かっているが、前世日本人の身の上には正直キモい。あとでディーネに手洗って貰おっと。
「それじゃあ、予定が確定したら、私の教室まで来てくれ。頼んだよ」
笑顔でそう言って、オージンは颯爽と去って行った。目的が達成されたら、さっさと切り上げる。流石切り替えが早い。
「…疲れだー…」
オージンが去った途端、思わず私は緊張の糸が切れたかのように、その場にへたり込んだ。
腹黒の相手、実に疲れる。ただでさえ、ボレア家モード維持するの疲れるのに、疲れが倍増だ。
「…しかも最後にこんな置き土産しやがって…つくづく食えねぇ野郎だ」
私は大きくため息を吐くと、すぐ傍を飛んでいた蝶を指差す。
脳裏に解呪の式を展開させた途端、ごく普通の蝶だったそれは、無数の幾何学模様の集合体に変化した。
偵察用の式神だ。私とエンジェの会話を盗み聞くつもりか、はたまた私を試していただけなのか。
指先で式を弄ると、蝶は瞬く間に霧散して崩れ散った。
「…これから悪魔様に、偽物だってばれてたことと、話し合いの場設けること説明しなきゃなんないのか」
思わずため息が出た。…まずい幸せ逃げてまう。吸っておけ。吸っとけ。
どう考えても嫌な予感しかしない。悪魔様を怒らせる予感しか。
バレたのは自分のせいだから、仕方ないと、悪魔様が思ってくれることを祈るしかない。
―――――
「な・ん・で、てめぇは最後まで誤魔化しきらねぇんだ!?この糞ぼけがぁぁ!!」
「いだだだだだ!!あk、ご主人様っ、痛、痛いれすっ!!!」
「痛くしてんだから、当たり前だ、ぼけぇぇ!!!」
…当然ながら、そんな期待、するだけ無駄でした まる
…うん、分かってたよ、分かってて、それでも悪魔様が頭打ってたりして、そんな奇跡起らないかなぁ、って期待してしまったんだ!!
んな、都合よくいかないよね!!知ってた!!
ただ今、悪魔様によるお仕置き、「ぐりぐりの刑」執行中。
そう、握った拳で頭をぐりぐりする、例のあれである。子供に見せたくないアニメに選ばれた、某有名5歳児のお仕置きと言えばわかりやすいかもしれない。
一見、可愛いお仕置きのように思うだろう。
しかし、悪魔様、拳が頭を圧迫する力、本気で半端ない。どれほど握力…なんか?こういう力って…その細腕に秘めてらっしゃるの。本当、その見かけで反則だと思う、ガチ拷問レベル。
ちょ、痛い痛い痛い、耳から脳みそ出ちゃうから、ちょ、…らめぇぇえええ!!!!!
「――しかし、よりにもよって、ばれたのが王族か、厄介だな…」
魂を口から飛ばしている私を、ごみのように放ると、悪魔様は一人思案しだした。…さ、三途の川で、死んだおばあ様に会ってしまった…うっかりもう一度転生してしまうのかと…。
「おい下僕…あいつは引きこもりの愚姉に、本気で惚れてやがんのか?」
「…はいっ!!そのようであります!!傍から見てもバレバレなくらい、ベタ甘な空気垂れ流してやがりました!!」
悪魔様の問いかけに、地獄から生還した私は即座に敬礼しながら、即答する。
オージンは腹黒で、言っていることのほとんどが信用出来ない野郎ではあるが、本物のエンジェ・ルーチェへの想い、それだけはまちがいと言っていいだろう。じゃなきゃ、自分の弱みを晒してまで、私にこんなお願いをしてこないだろう。
あの手の男は、誰かに借りを作ることを、内心では死ぬほど嫌っているはずだ。表に出してないだけで、さぞ屈辱だったに違いない。
「あの愚姉に、な…物好きな…」
…あーた、仮にもヒロインに、しかも自分のお姉さんに対して、ひでぇな、おい。どう見ても本心から驚いているようにしか見えないのが、輪をかけてひどい。エンジェちゃん、かわいそう。
「…ま、それなら色々使えるかもなしれねぇ…いいぜ、会っても。明日の放課後にでも、セッティングしとけ」
そう言って、悪魔様は、とってもとっても悪人な顔で、にっこりほほ笑んだ。
…怖ぇ。