オージン・メトオグという王子13
「…王族がそんなに簡単に頭を下げて良ろしいのですか?」
貴族たるもの簡単に頭を下げてはいけない。それもまた、両親の教えだ。頭を下げれば、自分の非を認めたことになり、非を認めれば相手が付け込む隙になる。特に交渉の場では、本当に自分に非がある場合でも、うやむやに誤魔化して、譲歩の姿勢を見せることが大切だと教わった。綺麗事だけじゃ、貴族社会は生きていけない。
「私は、過ちに対して頭を下げることを恥だとは思わない。自分が過ちを犯しておきながら、それを認めないことを恥だと思う」
オージンは曇りなき眼で、きっぱりと言い放った。…格好いいこと言っているが、どうもお綺麗過ぎて似合わん。お前、そこまで全うなキャラじゃないだろう。か弱き美少女(私)相手に壁ドンで脅す男だろう。
じっと真意を探る様に見つめると、オージンは小さく目を伏せて付け足した。
「…それにルクレア嬢。君は今この場で謝罪をしなければ、きっともう二度謝罪を受け入れてくれないだろうから」
…うん、こっちが本音だろうな。さっさとこれを先に言え。今さら格好つけんな。
しかしさすがの観察眼である。正解だ。もう30分でも遅ければ、私はオージンが何を言おうが、耳を傾けることすらしなかっただろう。
何故なら私の脳内シミュレーションでは、30分後には既にボレア家とショムテに転移魔法でショムテにつくことをしたためた文を送っていたからだ。
両親は、オージンの非礼を聞けばあっさりと私側に回るだろうし、ショムテは渡りに船とばかりに食いついたことだろう。そうなったらもう、後戻りはできない。
あまりに短絡的で、考えなし過ぎる行動だって?言っただろう。ショムテには王になる素質はあるのだと。民にとって、てっぺんなんて、ちゃんと統治してくれれば誰でもいいのだ。同じ賢王になる素質を持ったものが王位に就くというのなら、嫌いな人物よりもそうじゃない人物じゃない方がいいに決まっている。それにボレア家の直感力はそう馬鹿にしたものじゃない。感覚ですらハイスペックなのだ。…言っておくがこれは自慢じゃない。事実だ。
「私は、君を見誤った…君は私が想っていたよりもずっとずっと能力がある女性のようだ…そして決断力もある。度胸も、ある。…恐ろしい女性だ。久々に失態をしたと、恐怖したよ。私は君を、敵に回したくない…さすが、ボレア家の人間だ」
「…謝罪を受け入れましょう」
少々歯に浮くような誉め言葉だが、及第点だ。オージンは、ボレア家ごと私を誉めた。
自尊心の法則は誉め言葉にも適応される。
私個人を誉められると、嬉しい。普通に嬉しい。
だがルクレア・ボレアを、ひいてはボレア家を誉められると、めちゃくちゃ嬉しい。ボレア家単体を誉められても自分のこと以上に嬉しいが、私が成したことでボレア家のこと誉められると、超ウルトラハイパーミラクル嬉しいのだ。
畜生、てめぇ、分かってて、その言葉口にしただろう。この腹黒め。人をチョロイ女だと思いやがって。
まぁでもいい。今回だけ許してやろう。今回だけは謝罪を受け入れてやる。
懐の深さも、高位貴族の嗜みだからなっ!!
「気分を害させて本当に申し訳なかった、ルクレア嬢…だけど図々しいようだけど、どうか私に協力してくれないだろうか」
「…本当、図々しいですわね」
腕を掴んだまま眉をハの字にして懇願するオージンに、私は眉間に皺を寄せる。
おいおい、謝罪を受け入れてやっただけでもこっちは随分と譲歩してやってんだぞ。そのうえまだ協力を仰ぐか、てめぇ。いくら私が懐深い寛大な女性だからって、限界はあっぞ。
「…頼むよ…君しか…ボレア家の優秀な血を引いた君しか、頼れる人がいないんだ…」
…ぐ、あざとい。絶対、こいつ分かってて『ボレア家』の単語混ぜ込んできてやがる…。
そんな見え見えのお世辞になんか引っかかるわけないだろうが!!馬鹿皇太子めっ!!
…だけど、もうちょっと。もうちょっとだけなら話を聞いてあげてもいいかなぁ…なんて。
「どうしても、どうしてももう一度…もう一度、あの子に会いたいんだ…っ!!」