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オージン・メトオグという王子9

「――初めて出会った時、彼女は私に怯えていたんだ」


 …現在進行形で喪女な身としては他人の恋バナなんぞあまり聞きたくないんだが。

 私の気持ちとは裏腹に、どうもオージンは誰かに話したくて仕方ないらしい。勝手に切々とどこぞの誰かに対する思いを語ってくれる。


「脅えながら、それでも魔獣に致命傷の怪我を負わされて倒れている私を、彼女は見捨てなかった。声を掛けただけで、全身を震わせて縮こまるのに、それでも必死に私を介抱してくれた。彼女が出来る最大限の、彼女しか出来ない最大限の治癒行為を、私の為に施してくれたんだ…」


 …あぁ、どっかで聞いたことがあるシチュエーションだ。私の記憶では、オージンの意中の相手らしき人物は別に怯えている様子もなく、必死に健気に介抱してたけど。

 わかるよ。コミュ障のせいだね。いや、オージンを介抱したら、望まないゲームに巻き込まれること分かっていたが故の葛藤かな。それでも、やっぱり目の前で倒れている瀕死の人間を見捨てなかったあたり、お人良しというか、なんというか。


「失われたはずの聖魔法を私に施す彼女を見て、私は確信したよ。…彼女は、私の天使だと。私の為に、羽根を失って地上に降りた、天使その人だと」


 うっとりと虚空を見つめて、目を細めるオージンの様に、密やかに嘆息する。

 どうせそんなこったろうと思っていたが、予想以上に、重度の恋の病を患っていらっしゃる。これ…今頃軌道修正できんの?


「彼女の為なら、私は何でも出来る。利害関係絡みの縁談を全て破棄することも、今の身分制度を根本から変えることも。例えどんな困難が待ち受けていようと、持てる全ての力を費やして、彼女を私の妻にしてみせる…そう、思ったんだよ。いや、今も思っている」



 熱っぽく語る様子に確信する。


 ――オージン・メトオグは、エンジェ・ルーチェに恋をしている。



 ディビットではない、コミュ障で引きこもりで転生者である、本物のエンジェ・ルーチェに。




「…殿下にそこまで想って貰える姫君が羨ましいですわ。…その姫君がどなたか知りませんけれど」


 私はそのことに気づかないふりをして、心にもない言葉を紡いだ。

 そんな私の言葉に、オージンは爽やかな笑顔を向けた。その笑みに、背筋に冷たいものが走った。


 ナンダカ、ソノ笑顔、トテモ怖イノデスガ


「あれ、おかしいな。分からない?聡明なルクレア嬢なら、もう私の想い人が誰か、分かっているんじゃないかと思っていたけれど」


 …なんか、まずい気がする。


「あまり私を買いかぶり過ぎなさらないで下さい。私は残念ながら、殿下の交友関係を把握しておりませんもの」


「君のよく知っている相手だと、そう言ったらどうする?」


 一歩近づかれ、近づかれた分だけ後ろに下がる。それを何度か繰り返す。

 微笑むオージンの目は、よくよく見れば、まったく笑っていないことが分かる。返す笑みが引きつった。

 だらだらと冷や汗が頬を伝わる。



 まずい。


 絶対、まずい。



「…聞いてくれるかい、ルクレア嬢。私は確かに彼女に恋に落ちたのだけど、今も恋をしているのだけど、それにしては奇妙なんだ」


 オージンから、情報をうまく引き出すつもりだった。特に小細工をしなくても勝手にしゃべってくれたから、ラッキーと思っていた。

 だけど、そんな甘い状況じゃなかったのだ。

 オージンは、わざと、愚かなふりをして、私に情報をちら見せしていただけだったのだ。


「胸を焼け焦がすほど愛おしい彼女な筈なのに、この学園に彼女が来て以来、何も感じなくなってしまったんだ」


 全ては、私から、自分が欲しい情報を引き出すために。


「彼女を見ても、心が高揚しない。彼女を見ても、愛おしいと思えない。…初めて会った時に感じた激しい熱情は、未だこの胸の中で燃えているのに」


 温度を感じない視線を向けるオージンに、私は内心の焦りを押し隠し、私は笑ってみせた。


「…恋に恋していたことが判明しただけでなくって?殿下が想った女性が、自身の胸の奥の幻想にすぎなかっただけですわ、きっと」


「ちがうよ。ルクレア嬢…私は自身の幻想になぞに焦がれない。焦がれ、夢を見るには、現実を知り過ぎている…私が焦がれるのは、唯一、彼女だけ」


 後ろに下がり過ぎて、ついに逃げ場がなくなった。

 背中が、壁にぶつかる。

 オージンは私を閉じ込めるように、私の背にある壁に勢いよく手を突いた。

 まさしく「壁ドン」

 乙女が憧れるシチュエーション。…しかし、まったくときめかない。

 感じるのは、獰猛さを押し隠した、優美な獣に追いつめられているかのような「恐怖」


「ねぇ、ルクレア嬢」


 オージンが口元を耳に寄せた。吐かれた息が耳にかかり、ゾワリと鳥肌が立つ。


「――私の天使の姿をした、あれは一体誰だい?」



 あぁ、どうしよう。完全に詰んだ。

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