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オージン・メトオグという王子8

 今生にいたっては、さらに恋愛と縁がない。アルクに対する仄かな憧れくらいだろうか。

 …つまり少なくとも、17年以上は恋なんかとは縁がないわけで。

 ピンと来ないのも無理はない。


『恋とはどんなものかしら』


 ふと脳裏に思い浮かんだ、フレーズ。あれ、これは何の言葉だったっけ?

 …そうだ、たしか『フィガロの結婚』だ。『フィガロの結婚』のオペラで、ヒロインが歌う歌の名前だ。

 オペラを見たことも、歌を聞いたこともないけど、昔昔音楽の教科書に載ってたのを見て、やたらそのフレーズが気に入った覚えがある。


 恋とはどんなものかしら


 当時、まだほんとに少女だった私は、ひどくその言葉に共感したんだ。思春期特有のあやふやな心の動きを、恋と言ってよいのか分からなくて。

 きっと、きっといつかはっきり分かる「恋」が訪れると、あの頃の私は信じてた。

 ドラマや漫画のような、はっきりとそれと分かる、激しい情熱的な恋に、いつか大人になれば落ちるのだと思っていた。物語のヒロインのように、いつか素敵な異性と恋に落ちて、幸せになるのだと、根拠もなく思っていた。

 だけど、現実はそんなに甘くも優しくもなくて。悲しいかな、そんな激しい恋とは無縁のまま喪女道を突き進んだのである。…うん、前世の少女だった頃の私よ。改めてごめんよ!!


 恋とはどんなものかしら


 いつか分かると思っていたその答えは、前世と合わせて46年の歳月を重ねた今も、分からない。…寧ろ年月が経てば経つほど分からなくなってきている。


「…その様子じゃ、どうやらしたことがないみたいだね」


 そう言った、オージンの顔。…心なしか、ドヤ顔してないか、お前。なんか得意げでないか?

 ろくすっぽ恋も知らない喪女で悪かったな!!恋を知ってりゃ、そんなに偉いんかい!…てか、ドヤ顔しているところ悪いが、君は恋を知っていても、叶ってはないだろーが。リア充ってわけじゃ(まぁ、女に不自由してない時点で十分リア充だけど…爆発しろ)断言できる状態じゃないだろーが!!片恋はそんなにえばれることじゃないぜ。おい。


「…それが何か?恋なぞ知らなくても、まったく問題ありませんもの」


 私は片眉を上げながら、扇で口もとを隠す。

 ドヤ顔に腹が立ったから、虐めてやろう。そうしよう。


「どうせ、私達上位身分のものは、政略結婚が基本ですもの。大切なのは、家の為になるか、ならないか、それだけ。恋なぞ必要ありませんわ」


 自由恋愛は提唱されつつあるが、それでもこの世界ではまだまだ結婚は、家同士でするものという意識が残っている。それは身分が高くなれば高くなるほど、強い。

 女の子が誰しも憧れるシンデレラストーリー。庶民の女の子が王子に見初められ、お姫様になって、幸せになる。

 そんなことは現実では滅多にないし、あったとしても、結婚してから並大抵でない苦労が待ち受けている。

 ゲームではオージンとエンジェはくっつくまでしか語られなかったけど、実際くっついた後は一波瀾も二波瀾もあっただろう。自由には代償がつきものだ。自由恋愛だって同じだ。

 親が選んだ政略結婚の相手と、良き夫婦になる様に努める。恋愛は遊戯。婚姻前の一時の夢。それが一般貴族の正しい姿勢だし、私はそれに倣うつもりだ。だって、その方が楽だ。分かりやすい。

 だから、遊戯と割り切れない恋愛感情を抱えることは、貴族としては面倒ごとを抱えたことと同義だ。得意げに語ることでもない。


「――うん、私もそう思っていたんだけどね」


 そう言って、オージンは苦笑いを浮かべる。…せっかく虐めたのに、リアクション薄いな。つまらん男だ。


「恋なんてしないで、メトオグ王家の直系として、都合が良い相手を…そう例えば、ルクレア嬢のような相手を娶るんだと、そう思っていたんだけどね」


「…そこで私の名前を出して頂くのは身に余る光栄ですが、恐れ多過ぎて私個人としてはご辞退したいお話ですわね。例え仮定の話でも」


 無礼だと分かりつつも、おもわず口端が引きつった。

 …魑魅魍魎蔓延る王宮で、王妃様なんてやってられるかい!!絶対いやだ!!

 想像しただけで身震いがする。


「……だけどね、そんな考えが、一瞬で吹っ飛んだんだ」


 そう言って、オージンはどこか遠くを見て、目を細めた。


「彼女と出会った瞬間、そんな考え全て吹っ飛んだんだ」


 そしてオージンは、ここにいない誰かを想いながら、蕩けるほど甘い笑みを浮かべた。

 誰が見ても彼が恋をしていることを確信できるような、甘い甘い笑みを。


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