オージン・メトオグという王子3
「企んでいるなんて人聞きが悪いですわ…私はただ、友人を見ていただけ」
髪を片手でかきあげながら言い放った台詞に、マシェルは眉間に皺を寄せる。
「こんな物陰で密やかにか?どんな友人関係だ…そもそも、貴様が友人と言っているのはエンジェ・ルーチェ嬢だろう」
「エンジェもまた承知のことですわ。そして私がエンジェと友人になったことに何か問題ありまして?」
「…貴様が先日まで見下し、虐げていた相手じゃないかっ…!!そんな相手を友人だなんて、どの口がそんな戯言を言うんだっ!!」
侮蔑するように吐き捨てながら、マシェルは私を睨み付ける。…本当、こいつ私嫌いだよな。エンジェが知り合いとかいうのならともかく、現状好感度0な赤の他人なのに、なんでここまで気ぃかけるかね。私に突っかかるネタを探しているとしか思えん。
「…あら、私とエンジェが和解したことは、もう周知の事実ですが、まさか貴方ご存じ無くていらっしゃいますの?随分と拙い情報網をお持ちですこと」
心底呆れたように肩を竦めて見せると、みるみるマシェルの頭に血が上って行くのが見て取れた。本当、分かりやすくて単純な男だ。
「そんな噂とうに知っているっ!!知っているからこそ、おかしいと言っているのではないか!!」
…まぁ、普通そう思うよな。
あんだけ馬鹿にしていた相手と、いきなり仲良くなるなんて不自然だよな。殴り合って友情が芽生えるスポ根漫画じゃああるまいし。
何か企んでいるとか、そう思うのが普通だろう。
私は【隷属の印】が刻みこまれた首元に手を当てる。隷属魔法でディビットに下僕化されて以降、入れ墨のように存在を主張するその印は、豪奢なチョーカーによって隠されている。
…うん。まさかかつての加害者の方が、今や被害者と化しているなんて普通思わないよね。下剋上されました。助けてくださいっ!!…なんて、口が裂けても言えんし。相手がマシェルなら、猶更。私のプライドが許さん。絶対にマシャルに真実を悟られるわけにはいかない。
「…反発し合っていた者同士が、ある日突然親密になるのはそんなにおかしいものかしら?」
だから、ここは敢えてスポ根ノリで行かせてもらおう。
身分や価値観の差から互い嫌いあう二人。しかし、あるきっかけを境に、互いが互いを誤解していたことに気づいて、急激に仲良くなり…うんうん。フィクションとしては全く不自然がないありがちな流れだ。
「私…今までずっとエンジェの悪口を口にしていましたが、本心ではエンジェのことを酷く気にしていましたの」
迸るサディズムを受け止めてくれる対象として、だけどな。嘘はついてないよ。嘘は。
「一般庶民だと…賤しい存在だと蔑みながらも、エンジェが近くにいれば姿を追わずにいられなかった…彼女に、嫌がらせをせずにはいられませんでしたの。気が付けばしょっちゅう、彼女の事ばかり考えてしまっていましたわ」
後悔を噛みしめるかのように、そっと目を伏せてみせた。
「本心では私は、彼女に憧れてましたの…自由で天真爛漫なエンジェが、眩しくて…そう、きっと妬ましかったのでしょうね。憧れと嫉妬は、紙一重ですもの。素直に憧れを表に出せなかった私は、あのような愚かな苛めを繰り返していましたの。身分と言うしがらみがなく伸び伸び生きる彼女が、私と全く違う彼女が、本当はとてもうらやましかったから…」
うん、それっぽくシリアスに言ってるけど、完全嘘八百だよ!!今頭の中で【悪役令嬢の真実…愛憎と葛藤】という、副題ちらつかせながら、即興で脳内台本作ってるのさ。エチュードがごとく。
「――マシェル。貴方はそんな私を愚かだと、きっとそう断罪するでしょう?」
自嘲の笑みを浮かべながら視線をマシェルに向けると、マシェルがあからさまにひるんだのが分かった。
ふむ、こりゃ完全に飲まれてるな。流石私。ナイス演技力。
ここでも一つ追い討ちかけとくか。
「私は愚かですわ。少し前までは自分が愚かなことにも、気付けなかった…だけど、そんな私の愚かさを、エンジェは気づかせてくれましたの…そして、そんな愚かな私を受け入れてくれた…私はそんなエンジェが今では好きで堪らないのですわ」
そう言ってどこか遠くを見ながら、柔らかく微笑む。少し離れた距離にいるエンジェを想うかのように。……まあ、実際近くにいるのは、悪魔なディビットだけどね。
「好きの反対は無関心ですわ。悪意と好意は表裏一体。ちょっとしたことがきっかけで簡単に裏返りますの。…貴方が私を信用されないのは構いませんが、私のエンジェへの想いまで否定なさらないで」