逆ハーエンドを目指します9
「また随分な大物ばっか狙いよるな~」
「……下僕にするなら、色々使える人間の方が良いと思いません?」
乙女ゲームの攻略キャラだから都合が良いだけだけど、それを言うわけにもいくまい。ディビットのように身近に転生者でもいなければ、とてもじゃないけど信じられない話だ。
頭おかしい奴扱いされてまで真実を打ち明けるほど、私はキエラのことを知らない。嘘も方便だ。
「ま、そりゃそうやな」
私の言葉にキエラは別に疑いをみせることもなく、あっさり納得して頷いた。
キエラはかけていたメガネを外して、傍らに置いて腕捲りをする。
…あんら、メガネ外すとキエラ存外目がおっきいのね。メガネは魔力遮断効果の他に、ちゃんと近視矯正の役割もあるんか。
…メガネを外すと、実は可愛いってのも王道でよいな。ソバカスも、またチャームポイント也。
「ほんなら、いっちょ私の魔法披露させて頂きましょか」
「あら、対象を見ずとも好感度が分かりますの?別に私はちゃんと情報が頂けるのなら、後日でもよろしくてよ?」
心配する私の言葉にちっちっちとキエラは舌を鳴らしながら、立てた指を左右に振る。その顔の得意気なこと。まさに「ドヤ顔」というのが相応しい。ドヤっという効果音を、思わず代わりに発してあげたくなる。
「ルクレア様。ウチの眼の力、舐めてもらっちゃあきません…うちの眼にかかれば、対象を見なくても好感度なんかちょちょいのちょいや。依頼人が、一か月以内に交流した相手なら、っちゅー制約はついてまいますがね…ちょっとディビット、こっち来ぃや」
キエラが手招きすると、ディビットは実にかったるそうにキエラの目の前に移動した…おい。誰の為だと思ってんだ。この野郎。金払ってやらんぞ。
「ルクレア様。ちとそこで眺めててくださいね。ちなみに好感度、0が普通基準ですから低くても気にしんでください。少しでもプラスなら、好感は持っているんで…さぁ、ディビット。真っ直ぐウチの眼見てみぃ。中心んとこな…そう、それでいいわ…暫くそのまま逸らさんでな…」
キエラとディビットが、無言で対峙する。
一瞬の沈黙。
そして次の瞬間、キエラの榛色の眼に変化が表れた。
焦げ茶色と緑色の中間だったその眼が、徐々に黄身を帯びていき、瞬く間に金色に変わる。
眼の中心の黒目が分散して、金色の虹彩の中で不可思議な幾何学模様を形成していく。
「式」だ。
今、キエラの眼の奥では、「式」が展開されている。
私は初めて間近で見た、情報系身体強化魔法に、思わず息を飲んだ。
「…オージン・メトオグ…ダーザ・オーサム…ルカ・ポアネス…アルク・ティムシー…マシェル・メネガ…オージン・メトオグ…ダーザ・オーサム…ルカ・ポアネス…アルク・ティムシー…マシェル・メネガ…オージン・メトオグ…ダーザ・オーサム…ルカ・ポアネス…アルク・ティムシー…マシェル・メネガ…オージン・メトオグ…ダーザ・オーサム…ルカ・ポアネス…アルク・ティムシー…マシェル・メネガ…」
キエラは壊れた機械のように、間延びした、生を感じさせない無機質で抑揚がない声でひたすら攻略対象の5人の名前を繰り返す。
言葉を発している間、キエラの眼の奥の式はグネグネと形を変え、まるで生き物か何かのようにうごめいている。
…その様は、正直不気味だ。
心なしか、対峙しているディビットの口元も引きつっているような気がする。傍から見てても不気味なのだ。真正面から見たら、猶更であろう。
不意に、キエラの眼の奥の式がぴたりと動きを止めた。途端、キエラは糸が切れた人形のように、がくりと項垂れた。
思わず心配して駆け寄ろうとした時、キエラから出ているとは信じられないような低く太い明朗な声が、室内に響き渡った。
「――オージン・メトオグ…好感度0」