そして悪魔は恋を識る19
『――デイビット?』
電話越しに聞く、一週間ぶりのルクレアの声にずきりと胸が痛む。
「…ルクレアか」
『デイビット、実家に帰ってるんだって?大丈夫なの?何か、あった?』
何で知って…ああ、キエラから事情を聴いたのか。
普通にしていたらキエラと話す機会なんかねぇだろうに――もしかしなくても心配、してくれていたのか。
そう思うと一層胸が苦しくなった。
「…ああ、大丈夫だ。もう解決した。明日には、学園に戻る」
苦しい。
辛い。
本当は…本当は今だって、嫌だ。嫌で、仕方ねぇ。
――それでも。
「で、だ。…明日の放課後、お前に話したいことがあるんだ」
それでもちゃんと、お前に言うよ。ルクレア。
『え?』
「明日の放課後、森に来れるか?場所はそうだな…先日茶をした切り株の辺りでいいか?」
お前を解放してやるって、ちゃんと伝えてやるよ。――それがお前の幸福に繋がるなら。
『っ行く、行く!!こないだの、あそこね!!明日授業終わり次第、すぐに向かうわ』
弾むルクレアの声に、思わず唇を噛みしめた。
「ああ、頼んだ。…それじゃあ、明日な」
電話を切って、大きく息を吐き出して顔をあげると、真っ直ぐにこっちを見つめる潤んだエメラルドの瞳とかち合った。
「…何見てんだよ、エンジェ」
「その…デイビット、大丈夫、なの?…もし…もしデイビットが辛いなら…私は明日からでも…」
「無理すんな。震え過ぎて手に持っているコップの水、零しまくっているじゃねぇか」
思わず苦笑いが漏れる。
うじうじしてているくせに、変に内弁慶で図太くて、昔から俺に迷惑かけまくりの愚姉だが、これだから俺はエンジェを嫌いになれねぇ。
この世でたった一人の、俺の双子の姉貴。
「――いいんだよ。二年からの方が、色々都合がいいから。それに、今の電話の件はそもそも俺が始めたことだから…幕引きは俺がする」
浮かべた不敵な笑みは、ちゃんといつもの通りに出来ていただろうか。
エンジェが安堵の表情を浮かべて胸を撫で下ろしている所を見るに、ちゃんと成功していたのだろう。きっと。
「……それより、エンジェ。お前二年時に交代する心の準備しておけよ。土壇場になって、やっぱ無しなんて言っても、絶対聞かねぇからな。…『取りあえずいったん先延ばし出来て良かった。…やっぱりギリギリになったら状況変わって逃げられないかな』なんて、今お前が思っていたとしても」
「…う……そんなこと…思って…」
「いーや。お前は思っている。俺を心配する気持ちは本物でもいったん心配の波が過ぎ去ったら、すぐさまいつもの自己保身思考に切り替わるのがお前だ。伊達に15年お前の双子の弟してねぇよ。お前の考えなんかお見通しだっつーの」
「…ひどい…デイビット…人をそんな自己中人間みたいに……」
「じゃあお前、ちゃんと約束できんのか?二年になったら、文句言わず必ず学園に通うって、神に誓って言えるか?なんなら魔法契約で念書作るか?ん?」
「……………」
「…おい、そこはちゃんと約束するって胸張って言えよ。目ぇ逸らしてんじゃねぇぞ。ボケ」
明日、俺はルクレアの隷属魔法を解除する。
ルクレアを、俺から、物理的に解放してやる。
それがきっと、最善の選択だろうから。
ああ――畜生。
明日なんて、来なければいいのにな。
だけどどんなに望んでなくても、時の流れは止められない。
望まない明日は、死なねぇ限り、それでも必ずやってくる。
いつものように、朝が来て、そしていつものように、放課後を迎えた。
そして約束を違うことなく、指定した場所にルクレアはちゃんとやって来た。
「…デイビット」
「…よう」
久しぶりに会ったルクレアは、なんだかいつもよりも綺麗に見えた。
…これから手放すものだから、よけいそう見えるだけか。
何つーか、つくづく俺の感覚は、女々しいな。馬鹿か。
内心の躊躇いを押し隠すように、俺は淡々と言葉を紡いだ。
「愚姉を説得してたんだ――いい加減、引きこもりをやめて学園へ来いって」
「…んなもん、二年になったら、身代わりの俺じゃなく、エンジェ本人に学園に通わせる説得に決まっているだろ」
「二年になったら―俺は、正真正銘のデイビット・ルーチェに戻るんだ」




