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乙女ゲームの悪(中略)ヒロインが鬼畜女装野郎だったので、助けて下さい  作者: 空飛ぶひよこ


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そして悪魔は恋を識る16

 教室を後にして、一階のフロアに道標魔法をかけなおしたあと、月明かりに照らされているテラスに足を運んだ。


「……あ、音楽が聞こえる」


 ルクレアの言葉に釣られるように耳を澄ますと、ホールから音楽が聞こえて来た。

 確か一度舞踏の授業で聞いたことはある曲だが、タイトルは知らない。

 だが、授業では何とも思わなかったどこか甘ったるいその旋律が、ルクレアと対峙している今、無性にむず痒い。


「……こうしてただ舞踏会が終わるのも、退屈だな」


 そのまま黙って二人で音楽を聴いているのも、何か恥ずかしくてルクレアに手を差し出す。


「踊るか、ルクレア。退屈しのぎにはなるだろう」


 ルクレアは少し黙ってから、ふにゃりと間抜けな笑いを浮かべて俺の手を取った。


「――そうだね。踊ろうか、デイビット」


 月明かりの下のテラスでの二人きりの舞踏会。

 ルクレアとなら、それも悪くねぇ。

 …そう、思っていたが。


「あたっ!!また、足踏んだ!!」


「…悪ぃ」


「……下手くそ」


「…………………」


「あたたたた!!それ、わざと!!今ぐりぐりしてるのは、絶対わざと!!」


  …ああ、もうこれで何度目だ…!?

 何度やり直しても、上手くステップが踏めずにルクレアの足を踏んで、ダンスを中断させてしまう自分自身に、腹が立つ。


「……しょうがないだろ」


 腹が立って、情けねぇ。


「ほとんどダンスなんかしたことねぇし……授業で習ったのも女のパートたし…」


 自然と口から出た言い訳が、なお一層情けなかった。何で潔く、自分の非を認められないんだろう。男らしくねぇ。…きっとルクレアも呆れているだろう。

 …ああ、何で舞踏の一つまともに出来ねぇんだ、俺は。授業中、ちゃんと男のパートも覚えようと意識して聞いてたはずなのに、復習だってしていたのに、それでも全然身についてやしない。何であれくらいのこと、一度で覚えられなかったんだ。

 ルクレアのダンスが、他の貴族より上手いのが少し踊っただけでも分かる分、猶更惨めだった。


 貴族を目指して十年以上、必死に努力を重ねて来た。そして、努力に見合うだけの成果もあげて来たと思う。


 だけど、まだまだ、足りない。

 まだまだ遠い。


 ルクレアが、遠い。



「……しょうがないなぁ」


 そんな俺の手を、ルクレアは強く握って言った。


「私が教えてあげるよ、デイビット。一から一でマンツーマンで」


 そういって笑うルクレアに、胸が締め付けられた。

 ルクレアが、俺の手を強く握った意味なぞ、特にないのだろうと思う。

 だけど俺にはそれが、遠い存在のように思ったルクレアが、俺の傍にいることを伝えてくれたようで。


「……お前に教わるとか、屈辱的だな」


 近くにいていいと、そう言ってくれているようで。


 ――ああ、いつだってそうだな。ルクレア。

 俺の心を簡単に沈ませるのも、そして簡単に浮かび上げさせるのも、いつだってお前だ。


 いつだって、ただお前だけが、俺の心を掻き乱すんだ。


「…だけど、そうだな」


 むくれるルクレアの手を、貴族の真似をするように恭しく手に取って見せる。


「――せっかくなので、ご教授お願いしマス。ルクレア・ボレア嬢?」


 湧きあがる気恥ずかしさを隠すように芝居がかった口調で言いながら、その甲に口付ける。

 今はこれが俺の精一杯だ。…だけど必ず近い将来、こんな仕草すら様になるような物腰を身につけて見せる。


「…うん、いいよ。ルクレア・ボレアの名にかけて、私が完璧なダンスをデイビットに叩きこんであげマショウ」


 お前の隣に相応しいような、そんな男に必ずなってやるから。


「それじゃあ、まず基礎からおさらいしましょうか――ご主人サマ」


 だから、今は俺に踊り方を教えてくれ。――俺が頼れるのは、お前しかいねぇんだから。



 月夜のテラスで行われる、マンツーマンのダンス教室。

 絶対にこの時間で覚えるべく、恥とかそう言うものはかなぐり捨てて、分からないとこは些細なことでもすぐにルクレアに尋ねた。ルクレアは一つ一つ丁寧に、実演しながら丁寧に教えてくれた。

 そのかいがあって、どうにか足を踏めずに最後まで踊れるようになった時、安堵の溜め息を吐く俺を見ながら、ルクレアはまた、いつものへにゃりとした間抜け面で笑った。



「…なんだ、急に間抜けな面をして」


「いや…なんか楽しいなと思って」


 …何だよ。んなに俺が悪戦苦闘しているのが愉しいかよ。

 そんな風にひねくれたことを思う俺もいたが、それ以上に喜びの方が大きかった。


「……ああ、そうだな。悪くねぇ」


 楽しいと思っているのが、俺だけじゃないことが、嬉しかった。


「悪くねぇ、時間だ」


 思わずにやけちまいそうになる顔を隠すように、空を見上げた。


「――月が、綺麗だね。デイビット」


「?ああ、そうだな」


 ルクレアの言葉に促されるままに、視線を月へとやった。

 夜空に高く浮かぶ、満月はルクレアの言う通り、綺麗だった。

 そして綺麗だと思った自分に、驚いた。

 月は、ただの月。そんな風にしか、今までは思っていなかったのに。

 こんな風に眺めて美しいと思うような、そんな繊細な情緒を自分が持っていたことを、俺は初めて知った。


 ――けれど、それはきっとルクレアとだからだ。

 ルクレアと見ているからこそ、俺は今、月は綺麗だと思うんだ。


 だって月の美しさ自体は、きっと一人で見てもそう変わらない。

 変わっているのは、俺の気持ち、ただそれだけだ。


 ルクレアに対して、湧き上がる――いや、ずっと湧き上がり続けているこの気持ちの正体は何だろう。


 些細なことで、一喜一憂させられるのは。

 隣に並ぶにふさわしい存在でありたいと思うのは。

 今まで何とも思ってなかったものも、共に見るだけで、美しいと思うのは。


 一体、何でだ。

 何で、ルクレアなんだ。

 ルクレアだけ、なんだ。


 ――俺はもう、その答えを知っている気がする。


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