そして悪魔は恋を識る15
仕掛けを終えると、ちょうどこちらに向かって駆けてくるアルクの姿が見えた。
ちょうどいいタイミングだ。
「――来た!!…ルクレア!!ちゃんと道具入れ空にしたか?」
「う、うん。て、言っても中身全部外に出しただけだけど……」
「上等、上等――来い、ルクレア」
「え」
戸惑うルクレアに説明してやる余裕はない。そのまま手を引いて道具箱に向かう。
「え、ちょ、外に中身出てんだよ!?バレる、絶対、バレる!!」
「大丈夫だ。絶対アルクは見つけられねぇ」
「何を根拠に…!!てか、スペース!!スペース、狭すぎるよ!!ここに二人なんて、定員オーバ…むぐっ」
きゃんきゃんと吼えるルクレアに、苛立つ。
「うっせぇ…黙って俺を信じてろ」
乱暴の掌で口を塞いで、そのまま道具箱に引きずりこむ。
扉を閉めて、真っ暗になった道具箱の中、ルクレアを後ろから抱きしめるようにして狭いそこになんとか収まった。
…こうやってこいつを抱くのは、二度目だな。
柔らかいルクレアの髪が鼻を擽り、どこか落ち着かない気持ちになった。胸の奥がざわめく。
湧き上がる衝動に駆られて、気が付けばその絹のように柔らかい髪にそっと唇を押し当てていた。
唇がルクレアのつむじのあたりに触れたのが分かって、慌てて唇を離した。…いや、急に何やってんだよ、俺。
幸い、距離が距離だけにルクレアは俺の唇が当たったことすら気づいてないようだった。そのまま横を向いて唇を噛み、もう一度口づけを落としたい衝動に耐えた。
ああ、もう。恥ずかしいことやってんなよ、俺。気付かれないように髪にキスを落とすとか、どこの気障男だよ。んなロマンチストな性分、持ち合わせてねぇっつーの。
「…エンジェ嬢…確かに、ここの教室に…」
扉が開いた音と共に、アルクの声が聞こえて来た。
アルクの声にびくりと腕の中のルクレアの体が跳ねたのが分かった。
アルクの気配が、そのまま近づいて来る。既に勝利を確信している俺としては、別段焦る事態ではなかったが、腕の中でビクついているルクレアにとっては違ったらしい。
不意に縋るように服の端が引かれて、思わず笑っちまった。
「――心配すんな、ルクレア」
「?なんだ、この散らばった掃除用具は…」
何を怯えてんだよ。俺が無策で、こんな追い詰められたような状況を作るわけねぇだろう。
本当、アホだな。――しょうがねぇ奴。
「心配しなくても…人気がねぇ校舎の中に逃げ込んだ時点で、俺の勝ちだ」
「そこか!?そこにいるのか、エンジェ嬢…っ!!」
「【道標】」
アルクの手が、道具入れの扉にかかった瞬間、俺は再び略式の詠唱を行うことで、既に弱く発動されていた道標魔法の効力を増大させた。
先程までは大体の方向を誘導するくらいの効力しかなかったそれは、効力を増したことによって、あたかも敷かれたレールのように変容し、逸れることはできない一筋の道となってアルクの進行方向を縛る。
「――違うな。反対の扉から外に出て戻ったのか…!!早く追いかけねば…!!」
そして、まんまと俺の魔法に引っかかったアルクは、あっさりと方向を変えて教室を跡にした。
唖然とするルクレアを、喉を鳴らして笑ってやる。
「だから大丈夫だっつったろ、ばーか」
道具入れを開けて、ようやくルクレアは俺の仕掛けに気が付いた。
「――糸?」
それでも状況が分からず目を白黒させているルクレアに、俺はアホでも分かるように丁寧に道標魔法について説明してやる。
「外だったら強風に散らされる可能性があるし、人が多いと踏まれて切れちまう可能性もあるから状況と場所を選ぶ魔法だが、こういう人気がねぇ屋内ならまず百発百中誘導が出来る。今頃校舎の外に出て、途切れた糸の先を必死に探し回っていることだろうよ」
ようやく状況を理解して目を丸くするルクレアに、にいっと口端を上げて笑ってやった。
「俺が勝てねぇ勝負を持ちかけると思ったか?」
…ったく、俺を誰だと思ってやがる。
――てめぇのご主人サマだぞ。見くびるな。




