そして悪魔は恋を識る14
…どうも前回甘い対応をし過ぎたせいで、このガキ俺のこと舐めてやがる。
ここらでいっちょ、誰が立場が上なのか身を持ってわからせてやらねぇと…。
いかにしてチビガキを懲らしめてやるかという脳内シミュレーションは、しかし、次の瞬間ふわりと掌を包んだ温かさで思考を中断させられた。
「そんなことより、今は逃げるのが先刻でしょ。デイビット。アルクが回復する前にさ――シルフィ、眠い中本当ありがとうね。今日はもう、帰って寝な?ね?」
「…デモ」
「明日、今日の分、いーっぱいシルフィを褒めたげるからさ。…そうだ、お礼にシルフィのお願い、何でも一個聞いたげる。明日までに、それ考えといて?」
「ッ本当!?」
「うん。本当。約束」
「絶対ダヨ、マスター!!約束ネ」
糞チビガキとルクレアが何かを話している。
だけどそんな言葉は、俺の耳にまともに入って来やしなかった。
神経は、意識は、全て自分の左手に集中していて、他の事は全て考えられなかった。
視線の先には、指を絡めるように繋がれたルクレアの白い手。
たかが、手だ。ガキじゃあるまいし、それきしのこと動揺することじゃねぇだろ。
そう思うのに、それでも聞こえる自身の心臓は、明らかにいつもより早く脈打っている。
だって、こんな風に今まで指と指を絡めるように、誰かの手を握ったことなんかない。
こんな風にして公の場で手を繋ぐことは、異性間だって普通ない。例え夫婦だとしても、人前で、こんな風に手を繋いだら恥じらいがないとして顰蹙を買ってしまう。庶民間でもそうなのだから、上流階級ならなおさらだ。
「…よっし、それじゃあ。逃げようか、デイビット」
指と指とを絡めて手を繋ぐ行為――それはプライベートの場での恋人同士だけが許される行為だ。
「…デイビット?」
訝しげに声を掛けられ、ハッとする。
顔をあげれば、ルクレアが怪訝そうな顔で覗き込んでいた。その表情には一片の羞恥も感じられない。
…どうやら、自覚はねぇようだ。ルクレアのことだ。その場を鎮める為、咄嗟に俺の手を握ったらたまたまこうなっただけだろう。
さてこの何も考えてねぇアホをどうしてやろうか。何やってんだ、アホと怒鳴って手を払いのけてやろうか。
にやにや笑って、何だ、てめぇ俺とそういう関係になりてぇの?と、からかってやろうか。
――ああ、だけど、もう少し。
「…ああ、そうだな。行くぞ、ルクレア」
そのまま何も言わずに、繋いだ手を強く握り返して、校舎の方へと駆けだした。
だけど、もう少し、こうやって手を繋いでいたいと思った。
手と手をとって逃避行をする恋人同士を気取って、アルクから逃げてみるのも面白ぇかもしれない。
…別に、ちょっとした悪戯心で、そこに深い意味なんかねぇけど。
「しめた!!校舎だ!!ルクレア、入って一番近い空き教室に逃げ込むぞ!!」
「う、うん!!」
ルクレアの手を繋いだまま、夜の校舎の中に飛び込む。
飛び込んだ瞬間、形成しなれた式を脳裏に描き、魔法を発動させた。
「――【道標】」
口内で小さくつぶやいた瞬間、足元から道標フェロモンの糸が零れ落ち、真っ直ぐに伸びて俺の軌跡を残していく。
…ドエム野郎。これで俺の勝ちだよ。
口元から笑みが漏れた。準備は万端。後はただ入口が二か所以上ある適当な部屋に逃げ込むだけだ。
左手に見えた、一番近い空き教室にそのまま飛び込む。
「よし、入った!!すぐ結界を…」
「駄目だ!!そんな時間はねぇし、時間内に張れてもあのドエム野郎なら結界を破れる可能性もある!!それより、ルクレア、そこの道具入れの中身全部外に出せ!!」
「?分かった!!」
ルクレアが清掃道具入れを空にしている間に、俺は反対の入口から廊下に身を乗り出してフェロモンの糸の先を、輪のようにしてつなげる。
これで、仕掛けは完成。このままアルクがこの教室に入ってきたとしても、直接姿を見られて魔法を解除されでもしないかぎり、アルクは道標フェロモンの誘導のままに糸を追って教室を出ていくだろう。
もう既に、あいつは俺の術中だ。




