そして悪魔は恋を識る12
――そう、だよな。
何をよけいなことを考えているんだ、俺は。
お前は俺のもん、なのにな。
泣きたいような、笑いたいような、複雑な気分だった。
何も心配することなんか、ないんだ。そうだろう?
「――ルクレア…何故…」
男が弱弱しくルクレアに問いただす。
「何故、無理矢理隷属契約なぞさせられて、お前はそんなことを言えるんだ…」
これ以上はもう、男がルクレアに馴れ馴れしく触れていることに、我慢できそうになかった。
「誰、なんだ…【あの人】というのは…何故お前はそこまでそいつを…」
「――悪いな。生憎それは、俺のことだ」
割り込むように発した言葉は、存外無機質にその場を響いた。
二人の視線が、真っ直ぐに俺に向けられる。
「取り合えず…俺の下僕にあんまり引っ付かないでもらおうか。飼い主としては些か不愉快だ」
不快な感情を隠すことなく言い放つと、男の表情が怪訝そうに顰められた。
「…お前は、誰だ。見たことが無い」
「俺が何者でも、お前に関係はねぇだろう」
男を煽るように鼻で笑ってやった。
「そして、俺とそいつの契約も、お前には関係がねぇ話だ。聞いただろう?そいつは契約自体を嫌がってはいないと。第三者がしゃしゃりでるな」
「禁呪だぞ…ルクレアとお前の問題以前に、犯罪だ。公にして裁くべき問題だろう。野放しにして良い話じゃない」
「――つまり俺を犯罪者として告発すると、そう言いたいんだな?」
正義のヒーロー気取りの優男の態度に、心底腹が立った。
…格好いいなぁ。おい。まるでルクレアが悲劇のヒロインで、俺が悪の大王みたいじゃねぇか。
…いや、あながちその認識は間違ってやしねぇか。
他の誰が見ても、俺がやっていることは悪逆非道な行為だ。本来なら、俺は断罪されてしかるべき立場なんだろう。それぐらいの一般的な倫理観は、俺だって持ち合わせている。
俺の行動は、ちっとも褒められたもんじゃない。
んなこと、知っている。知ってて、やっている。
「だとよ、ルクレア。この男がお前のご主人様を犯罪者にしようとしているけど、それでお前はどうする?」
――だけど、ヒーロー?それでも、ルクレアは俺を選ぶぜ?
捉われの姫様は、物語の王道を逆らって悪の大王の手を取るぞ。
だって、こいつは俺のもんなのだから。
「――そんなこと、私が許さないわ」
あっさり続けられたルクレアの言葉に、ゾワリと鳥肌が立った。
…ほら、やっぱり俺は正しい。
「っルクレア!!」
「マシェル―例え、貴方でもそんなことをしたら、全力で潰すわ。ルクレア・ボレアの名に掛けて、必ず」
男が浮かべた悲痛な顔に、どうしようもない程の優越感を感じた。
「現段階で俺が隷属魔法を使っているのは、こいつだけだ。つまりお前は唯一の被害者も望まない状況で、ただのおせっかいな正義感故に騒ぎ立てるということになるな。その為に、ボレア家である、こいつを敵に回して。……馬鹿馬鹿しい話だと思わねぇか?」
「っ…」
「状況を理解したなら、引っ込んでろ。優男」
だけど、まだ、足りねぇ。
もっともっと、この男に、ルクレアが俺のもんだということを教えてやらねぇと。
俺は、見せつけるように、ルクレアへ手を伸ばす。
「――来い、ルクレア」
だけどルクレアは、躊躇う様に顔を歪めて、すぐに俺の手を取ることは無かった。
そんなルクレアの態度に、胸の奥がざわめいた。
…やっぱりお前は、俺よりこの男の方がいいのか?
俺より、こいつを選ぶのか?
時間が無い。アルクを撒いたとはいっても、そう距離を離したわけではない。こうやって余計なことを話している間にも、刻一刻とアルクは俺に迫ってきている。
「…そろそろこの辺りまで来てるはずだから、さっさとしろ」
俺を選べ――ルクレア。
「……ごめん、マシェル」
俺の心の願いを聞き届けたかのように、次の瞬間ルクレアの手が、俺の手を取った。
ルクレアは、俺を選んだ。
貴族の優男よりも、庶民の俺を。
その事実に、驚くほど気分が高揚した。
「よし、走るぞ、ルクレア。ついて来い」
こいつは確かに自分の意志で、俺を選んだんだ。




