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そして悪魔は恋を識る11

 ルクレアは、俺の物。

 そう考えただけで、地に足がつかないような、ふわふわした多幸感に満たされた。

 ずっと俺の身のうちを苛んでいた渇望が、飢餓感が、どうしようもなく満たされていくのを感じていた。

 どんな憎悪も、痛みも、全てが許せるような気がしていた。

 ルクレアが俺の物で、俺の物として傍にいてくれるなら。


 多分、俺は浮かれていたのだろう。浮かれて、すっかり忘れていた。


 ――俺とルクレアには、身分の差と言う高い壁があることを、すっかり忘れちまっていた。



 蹴られて俺に惚れたという、頭のイカれたドエム野郎を打ちのめしてやる為、持ちかけた鬼ごっこは思った程簡単には進まなかった。


 絶対にばれないだろうと思って、女装をやめて男物の礼服を着て紛れ込んでいたというのに、あのドエム野郎は何故か一目で俺を見抜いて、しかも男装しているとそう思いやがった。

 …おい、ちょっと待て糞ドエム。何でそこで俺の正体が男である可能性をちらとも想定しやがらない。

 普段の格好ならともかく、今の俺の姿はどう見ても男だろーが…っ!!ああん?てめぇ、目ん玉腐ってんじゃねぇのか…!?


 男だとバレたらバレたで、それはそれで困るのだが、全く男だと思われねぇのもそれはそれで腹が立つ。

 …いっそこいつの目の前で上を脱いでやろうか…いや、リスクが大き過ぎる。ここは素直に鬼ごっこに参加して置いてやるか。


 脳筋ドエム野郎は体力は底なしのようであったが、素早さでは俺の方に利があった。ちょっと攪乱してやれば、簡単に撒けた。

 …人気がない建物の中に逃げ込みさえすれば、道標フェロモンで完全にドエム野郎に勝てる。このままさっさと校舎の中に入るか。

 そう思って進めていた足は、森を抜けた瞬間目に入った光景に、凍り付いたように動かなくなった。


「ルクレア……私は、お前を………お前のことを……」


 そこにあったのは、どこかで見覚えがある貴族の優男に、背後から抱きかかえられるルクレアの姿だった。


 …何を、してやがる。


 それは、俺のもんだ。誰の許可があって、俺のもんに勝手に触ってやがる。


 そう叫びたかったのに、そんな思いは言葉にならなかった。


 ――もし、これがルクレアの同意の上だったら、ルクレアが本当に望む相手がこの男だったら。


 そう思うと俺はただ立ちすくんで、その光景を見つめることしかできなかった。


 不意に切なげにルクレアを見つめていた男の表情が驚愕に歪んだ。


「……これは…――っ!!」


「っルクレア!!なぜ、お前の首もとに【隷属の印】があるんだ!?」


「どういうことなんだ…なぜ禁呪の印がお前の首にあるんだ…!!」


 男が、俺がルクレアを魔法によって隷属させていることに、どうやら気付いてしまったらしい。

 ルクレアの顔が焦るように逸らされる。


「それは…」


「まさか誰かに無理矢理隷属させられているのかっ!?」


 男の糾弾の言葉にドクンと、心臓が跳ねた。

 無理矢理――そう、無理矢理始まった隷属関係だ。今は納得していたとしても、束の間の気の迷いのように俺の「従なるもの」でいることを望んでいたいと言ったとしても、本当は心の底ではルクレアだって解放を望んでいるに違いない。ただ単純に、契約を破棄する術がないだけで。

 男が契約破棄に協力すると言ったなら――きっとルクレアは男の手を取るだろう。

 だって見たところ男は高位貴族で、俺は一庶民に過ぎない。男の協力があれば、俺なんか簡単に潰せる。

 アホでお人よしのルクレアのことだ。例えそうなったとしても、俺をひどい目に遭わせることはけしてしないだろう。男がどんなに処罰を望んだところで、必死で俺を庇おうとするだろう。

 ――だけど、そうなったら、ルクレアは俺の傍から離れて行く。

 男の手を取って、どこか遠くへ行っちまう。


 そう思ったら、きゅうきゅうと胸が締め付けられた。

 男に対するルクレアの返答が、怖かった。

 怖くて苦しいのに、それでも続くルクレアの反応を確かめずにはいられなかった。


「もしお前が望まぬ相手に無理矢理隷属させられているというなら、私は…!!」


「違うっ!!」


 だけどルクレアは、俺の予想とは裏腹に、男の言葉をはっきりと否定した。


「望んでないわけじゃないんだ…!!確かに、最初は一方的だったけど、今は私は望んでこの立場にいるんだ…っ!!」


 男の表情が驚愕に染まった。

 それはきっと、男にとっては信じがたい言葉だったろう。――俺だって、耳を疑った。

 ルクレアの発した言葉が、自分の都合がいい幻聴かと、疑わずにいられなかった。


「…何を、言っているんだっ…隷属契約だぞ!?ちゃんと意味を分かっているのか!?主なるもの気持ち次第で、お前はどうとでもされてしまうんだぞ!!」


「分かってるっ!!」


 いっさいの躊躇いも、迷いもなしに、ルクレアはきっぱりと続けた。


「分かっているけど――それでも私はあの人の【従なるもの】でいたいと、そう思っているんだ」



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