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そして悪魔は恋を識る9

「…おい、ルクレア。いい加減帰って来い」


 いい加減、我慢も限界だったのでそう言ってやると、ルクレアは我に返ったように俺を見た。二人の時間を断ち切られてじろりと睨んできやがった糞チビに、胸がスッとする。


「……改めて謝罪するよ、デイビット」


 ルクレアは、真剣な顔でそう言うと、深々と頭を下げた。

 …おい、謝るべきなのはあくまで糞チビであって、お前じゃないだろうが。


「…私が未熟が故に、デイビットが真剣に行っていた試合をど妨害することになってしまい、申し訳ありませんでした」


「……だから謝罪はいらねぇって…」


「――そして、本当にありがとう」


 胸の奥を渦巻いていた、どこかつまらない気持ちは、そう言って微笑んだルクレアを見た瞬間、瞬く間に霧散した。


「ディビットのおかげで、私は自身の至らなさに気付けた。ディビットのお蔭でシルフィと、仲直り出来た。…本当に感謝している。ありがとう」


 それは、きっとルクレアの心からの感謝の言葉だった。

 真っ直ぐに向けられた、嘘偽りの無い感謝の感情に、どうしようもなくドキマギする。


「……んな風に感謝されることでもねぇよ」


 ――感謝されることなんか、俺は別にしていやしねぇ。


 だって、全ての元凶は、俺自身にあるのだから。


「元はと言えば、全部俺の言葉のせいだし…お前には悪いことをしたと、思っている」


 俺が、ルクレアを傷つけたいがあまりに、ルカを下僕に出来たら解放してやるだなんて、心にもねぇことを言ってしまったのが、全ての要因なのだから。

 当たり前のようにそう考えてから、唐突に気が付く。


 ……ん?ちょっと待て。


 俺が、ルクレアを解放してやるって言ったのが原因?


 ルクレアは俺に解放されたくないあまりにルカに嫉妬して、それ故に糞チビが暴走した?


 え、ちょっと待てよ。さっきまで普通に流していたけど。


 それって、それってよ。



「――最初から契約解除する気なんかさらさらねぇのに、ルカを下僕に出来たら契約解除を考えてやるっつったのがそもそもの原因だもんなぁ…いや、悪かった。悪かった」


 ――こいつが俺のこと、滅茶苦茶好きみてぇじゃねぇ?


 俺が好きだから―俺の傍にいたいから、ルカに嫉妬したみてぇじゃねぇ?


 ざわりと、全身の毛が逆立つような衝撃が走った。

 煩いくらいに心臓が鳴っている。だけど俺は、そんな内心の動揺をひた隠しにしてあくまで平静な態度でルクレアに向き直る。


「……え、契約解除する気無いって、え?どういうこと?」


 俺はわざと呆れたように溜息を吐いて見せると、こめかみの辺りを立てた人差し指で軽くたたいた。


「よくよく考えてみろよ、ルクレア。ルカを公衆の面前で従えて敵だらけになった時ほど、お前のボレア家っつー地位が役に立つ状況なんか他にねぇだろう。そりゃあ、オージンもある程度使えるが、あいつ自身にだって敵は多いし、けして万能な手札じゃねぇ。んな状況で、俺がむざむざ使える手札を放棄すると思うか?」


 俺の内心の葛藤など微塵も気づかず、固まるルクレアの様子に密かに安堵する。

 …それでいい。気付くな。

 俺の口元が、気が付けばだらしなく緩みそうになっていることなんて、絶対気付くんじゃねぇ。


「…え、じゃあ、何で、契約解除するなんて…」


 掠れた声で発せられた問いかけを鼻で笑い飛ばした。


「契約解除するなんて言ってねぇ。解除を『考えてやる』って言ったんだ」


「……契約解除を考えてやるなんて何で……」


「――んなもん、決まっているだろう」


 わざとらしく肩を竦めながら、ルクレアにとってはそれなりに衝撃であろう言葉を紡ぐ。


「んなもん、俺がルカに勝った時に解放されると思って浮かれるお前に、契約解除する気なんかさらさらねぇこと告げて、どん底に突き落としてやろうと思ってたからに決まっているだろう」


 ――最初から、お前を解放してやる気なんかさらさらねぇよ。


 俺の言葉に絶句して全身を震わすルクレアの姿は、泣いている顔なんかよりも、ずっとずっと愉快な姿だった。


「……しっかし、予想外だったなぁー」


 俺はそんなルクレアの様子を眺めながらわざとらしく溜息をついてから、にぃと口端を吊り上げて笑って見せた。


「契約解除されるって聞いたら、絶対喜ぶと思ってたのに、まさかルカに嫉妬するなんてなァ……いやぁ、愛されてんだなァ。俺って」



 揶揄するような、ふざけた言葉。

 だけど、それは俺の本心からの言葉だった。


「…―――っ!!!!!」


 俺の言葉を聞いた瞬間、ルクレアの表情が耳まで真っ赤に染まり、笑いだしたくなった。


 ――ああ、愉快だ。どうしようもねぇくらい、愉快で仕方ねぇ。


「な、なし!!やっぱりさっきの言葉、なし!!あれ、ぜーんぶ嘘だからっっ!!」


「今さら、恥ずかしがらなくてもいーぞ…ちゃんと伝わって来たぜ?お前のご主人様への愛が、しっかりと」


「ち、違う!!あれは単に、えと、その…混乱してただけなんだ!!混乱して、思ってもないことを、思わず口走ってしまっただけなんだ!!本当は、私は自由が欲しい!!下僕なんて嫌だ!!解放されたい!!ぷりーず・ぎぶみーふりーだむ!!」


「何々、一生つかず離れ、身を粉にして俺にお仕えしたいって?いやぁ、こんな従順な下僕を持てて、俺は幸せもんだなァ」


「っだから違ーうっっ!!!!!!」


 真っ赤になってルクレアが叫べば叫ぶほど、胸の奥が満たされていくのを感じた。

 頭を抱えて項垂れるルクレアの姿に、俺は再び大げさに溜息を吐いてやった。


「――本当に、しょうがねぇ駄犬だな。おい」


 項垂れるルクレアの額に、自信の額をぶつけて囁く。


「…しょうがねぇから、もう暫くは、お前だけの主人でいてやるよ。ルクレア」


 次の瞬間、間近で向けられたバイオレットの瞳に、どうしようもねぇくらいに胸が高揚した。


 …いいよな?他でもないこいつが望んでいるんだし。一方的な主従契約だったけど、それでもこいつは受け入れて、俺が唯一の主であることを望んでいるんだし、いいよな?


 ルクレアの正体がクレアかどうだとか、そんなことを冷静に考える余裕は無かった。そんなことよりも、ただ只管胸の奥からふつふつと湧き上がる渇望に、囚われていた。


 ――いいよな?こいつが俺のもんだって、そう思っても。


 こいつが望んでいるのなら、何も問題ない、よな?


「――んじゃ、取りあえず帰るか。今日くらいは訓練休んでもいいだろ。学園まで送ってやる…ったく、結界も貼らずに森の中飛び込んでんじゃねぇよ」


 ルクレアから視線を外すことで、込み上げてくる感情を必死に堪えた。

 油断すれば、泣いちまいそう、だった。


「……どうしたんだ?さっさと行くぞ」


 ルクレアが自分でもどうしようもないくらい愛おしくて、泣いちまいそうだった。


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