そして悪魔は恋を識る6
突然額を弾かれ、涙を止めてきょとんとした表情で俺を見つめるルクレアに、内心ホッとする。
…そうだ、それでいい。
「んなひでぇ顔で、うだうだぐちぐち抜かしやがって…おらおらおらおら」
「…あだっ!うえっ!あうぐっ!でっ!」
そのままスピードをつけて連続で何度も額を弾いてやると、徐々にルクレアの表情が普段の間が抜けたものに戻って来た。
「…ああ。同じブッサイクな面でも、そういういつもの間抜け面の方が100万倍ましだな」
思わず、笑みが漏れた。
…こいつの泣き顔は、何つーかその…よくねぇな。うん。なんて言えばいいかわからねぇけれど、とにかくあまり俺の精神衛生上良くないことだけは分かる。
こいつは泣かせねぇ方がいいな。
「んな小さぇこと気にしてんな。鬱陶しい。お前はいつも通りにしてりゃあいーんだよ。落ち込むのは、俺がすべきことだ」
「…小さいって」
眉間に皺を寄せてまだ何かを言い募ろうとするルクレアに、強烈な一撃をお見舞いしてやる。
「…っつー!!!!」
「だぁってろ、ボケ。小さぇことなんだよ。…たかが、風だ」
額に手を当てて悶絶するルクレアを、鼻で笑ってみせる。
くだらねぇことでグチグチ頭悩ませてんじゃねぇぞ、アホが。どうせアホなんだから、何も考えず俺の言葉に従ってりゃあいーんだよ。てめぇは。
「自然に起きてもおかしくねぇ、ただ少しばかり強いだけのただの風だ。んな風一つの妨害に、まんまと嵌った俺の実力が足りねぇのが悪ぃんだ。お前が気にすることじゃねぇ」
「…で、でも…」
「でももだっても、ねぇ。…ルクレア、お前は主人を貶める気か?あん?」
ぎろりと睨み付けてやると、ルクレアがびくりと体を跳ねさせた。
「――見くびんじゃねぇ、ルクレア。俺は自分の実力不足を棚に上げて、そんな一要因に負けた理由を押し付けるようなことはしねぇよ。俺の下僕がやらかしたことを、ただ一方的に責め立てる程狭量でもねぇ。お前を下僕にしたのは、俺だ。俺が、お前の主人なんだ。ならお前がやらかしたことの責は、結局は俺にあるんだ。…だから、お前に俺が負けることを望ませて、お前の精霊の暴走のきっかけを作らせたのは、俺の責任だ。戦闘能力だけじゃなく、主人としての能力も、力不足だった。それだけの話だ」
俺の言葉に、ルクレアの顔がくしゃりと歪んだ。
あ、まずい。
焦った時には、もう遅かった。
「…っ!!って、何でそこで増々泣くんだ!?てめぇは」
「だ、だっで…」
せっかく止まったルクレアの涙が、また溢れだしてきた。
――また、泣かせちまった。
いや、鼻水とかで顔が悲惨なことに分、もしかしたらさっきよりひでぇ状態かもしれない。
っくそ、何でこうなるんだよ!?俺はただ、ルクレアにお前のせいじゃないって、気にするなって、そう言いたかっただけなのに…!!
なんでこう、上手くいかねぇんだよ…!!
「だっで、デイビットが、格好良ずぎるがらぁー…」
鼻声で返された言葉に耳を疑う。――は?俺が格好いいから?…何でそれで泣くんだよ、てめぇは!!
ルクレアの心境が、さっぱり分からない。分からないからこそ、一層焦躁は増す。
焦躁が増せば増すほど、胸の苦しさも同時に増していった。
ルクレアが泣けば泣くほど、胸がぎゅうぎゅうに締め付けられて、息をするのでさえ辛い。
どうすりゃあ、いいんだ?
どうすりゃあ、お前は泣きやむんだ?
どうすりゃあ――お前はいつものように、間抜けな顔で笑ってくれるんだ…!?
「だから泣くんじゃ…だぁ!!もう、仕方ねぇ奴だな!!」
怒鳴りながら、ほとんど衝動的にその体を引き寄せた。
泣き顔が見えないように、ルクレアの顔を俺の胸に押し付ける。
「……こうなったら、泣くだけ泣いて、もう流せる水分全部流しちまえ…ったく、どこまでも世話が焼ける駄犬だ」
――ああ、本当俺、何をやってんだろう。
そう思うのに抱きしめたルクレアの体を離す気にはなれなくて、せめてもの腹いせのように、わざと乱暴な手つきでその頭をぐしゃぐしゃにかき撫でた。